Story

大丸松坂屋百貨店

デザイナーの視点から考える、インクルーシブデザインの必要性。

最近、よく耳にするようになった「インクルーシブデザイン」という言葉。障がい者や高齢者など、従来の商品やサービスから排除されてきたさまざまな人々を、デザインプロセスから巻き込み、課題解決につなげていく手法で、SDGsの観点からも、多様化するニーズに目を向けようと注目する企業が増えています。
Dynamite Brothers Syndicate(以下DBS)では、昨年、大丸松坂屋百貨店とともに障がいを抱える人たちと店作りを考えるプロジェクトに取り組みました。その中心となったアートディレクター・デザイナーの井上宏樹に、改めてインクルーシブデザインとはどういうものか、その必要性やブランディングへの生かし方など、デザイナーの視点からの気づきや考えを語ってもらいました。

Project Info.
  • CLIENT: 大丸松坂屋百貨店
  • CATEGORY: ART DIRECTION, DESIGN
  • YEAR: 2024
SPEAKER
  • 井上宏樹Dynamite Brothers Syndicate アートディレクター

バリアフリーとインクルーシブデザインはどう違う?

Q.DBSが大丸松坂屋百貨店とともに取り組んだプロジェクトは、どのようなものだったのでしょうか?

井上:「Well-Being Life(心身ともに豊かなくらし)」を追求する、サステナビリティ経営をすすめている大丸松坂屋百貨店では、従業員向けの啓蒙活動の一環として、「サステナラボ」というインナー向けメディアを運営しているのですが、DBSはその立ち上げから制作までを共にしてきました。

2023年上期に掲げた「サステナラボ」のテーマは「バリアフリー百貨店」。「ダイバーシティ&インクルージョンの推進」に力を入れてきた大丸松坂屋百貨店では、2024年4月の「障害者差別解消法」の改正(※1)に伴い、障がいを持った方がよりお買い物しやすい環境を目指そうと「合理的配慮の提供」(※2)のためのマニュアルを作成することになったのです。
そこで、実際に障がいを持った方(視覚障がい者、聴覚障がい者、肢体障がい者)と店内をめぐり、施設やサービスにおいて障壁と感じる部分はどんなところにあるか、調査を行いました。すると、これまで気づかなかったさまざまな課題が見えてきて、一デザイナーとして考えさせられることがたくさんありました。

(※1) 障害の有無によって分け隔てられることなく、人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目指して、障害を理由とする不当な差別の解消と「合理的配慮の提供」の提供を推進するもの。2024年の改正ではこれまで努力義務だった「合理的配慮の提供」が民間事業者へ義務化された。
(※2)合理的配慮の提供:障がいのある人から事業者に対して、社会の中にあるバリアを取り除くために何らかの対応を必要としているとの意思が伝えられたとき、負担が重すぎない範囲で対応すること。

Q.今回のプロジェクト名には、「バリアフリー」という言葉が使われていますが、「インクルーシブデザイン」との違いはどんなところにあるのでしょうか?

井上:バリアフリーは「すでにあるもの」から障壁を取り除く考え方なのに対し、インクルーシブデザインは「これから作るもの」に障壁がないようデザインするという点が大きく違うと解釈しています。

バリアフリーの場合、例えば車椅子の方が移動しやすいようにするスロープや、点字ブロックなどが挙げられます。一方、インクルーシブデザインは、これまでメインストリームから排除されてきた人々の声に耳を傾け、当事者の立場になってより包括的にデザインをすること。今までデザインプロセスに携わることができなかった人々の視点を取り入れる、といった意味では、大丸松坂屋百貨店の「バリアフリー百貨店」の取り組みから新たなサービスやものが生まれれば、それはインクルーシブデザインにもなりうるということですね。

障がい者と店内をめぐって気づいたデザインの壁

Q.今回、障がいを持った方たちと一緒に店内をめぐったことで、どんな気づきがありましたか?

1,店内表示・サイネージ
井上:例えば、店内の案内表示は、どんな方にとってもわかりやすさが重要です。一方で、店内の展示物として百貨店の世界観を視覚的に伝えるものでもあります。そのため、上品さや高級感を表現しようと、細い文字のフォントを選んだり、淡い色を使ったりするケースも見かけます。
しかし、視覚障害(弱視)の方にとっては、文字が小さくコントラストがはっきりしていない文字は非常に読みづらく、案内表示として機能しないことがわかりました。また、サイネージの場合はその逆で、コントラストが強すぎると目がチカチカしてしまい、見えづらい。ただ目立たせればいいというわけではないのだと学びました。


(左)背景と白抜き文字のコントラストが効いていて読みやすい。ただ、文字が小さいため、目線より上は読みづらくなるという意見も
(右)サイネージの場合、背景の光が強すぎると文字が読みづらい

2,点字ブロック
井上:最近はシンプルでスタイリッシュなデザインのものも見かけるようになった点字ブロックですが、今回、あの“黄色”に意味があることをはじめて知りました。弱視の方にとっては、遠くにうっすらと黄色が見えることで、この先の点字ブロックの位置を認識できるそうです。だから、鋲だけが打ってあり、道に馴染むようにデザインしたものなどは、利用者にとっては非常にわかりにくく、正直意味がない。世界観をつくるデザイナーの立場からすれば、黄色というカラーはインパクトがあり、どうしてもノイズに感じてしまいがちですが、それは一方的な認識に過ぎないと思い直しました。

3,レストランのメニュー
井上:聴覚障がいを持った方は、レストランで注文を伝える際に、メニューを指し示して伝えることもあるそうです。そのためメニューの文字が小さいと、伝えづらかったり、見誤ったりしてしまう恐れがあります。誰にとっても見やすく、使いやすいメニューのデザインを考える必要があると感じました。最近は注文を電子パネル式にしている飲食店も増えていますが、そういった点では、スムーズになる部分もあるのかもしれませんね。

4,トイレ
井上:個室トイレの場合、壁とドアが同色だと視覚障がい者にとっては、ドアがどこなのかがわかりずらいとのこと。さらに、使用中かどうかを判断するにも鍵の表示だけに頼らないといけなので、使用していないときは、ドアが開放される構造が望ましいことも知りました。空間としての見栄えを考えると、壁とドアの色が統一されていたり、ドアが閉まっていたりする方が美しいと感じますが、どんな方でも使いやすいトイレという視点で考えると、例えば、ドアの色味を工夫して存在を立たせるなど、さまざま立場に立ったデザインが必要であると感じました。

一人ひとりが手を差し伸べることで、バリアフリーのその先へ

普段、街中や生活のなかでも、さまざまなデザインが気になってしまうという井上さん。今回の経験から目が行くポイントに変化もあったのではないでしょうか?

井上:やはり、街中や駅、商業施設などでも案内表示や点字ブロックなどに目が行くようになりました。そうすると、思っている以上にさまざまな障壁があることに気づかされます。また同時に、日本特有とも言える「配慮の仕方」についても気になるようになりました。

海外と比較するとまだまだという面もありますが、それでも日本のバリアフリー化は徐々に進んできていると思うんです。例えば、駅のホームで、車椅子の方の乗降を手伝うためにスロープを持った駅員さんを見かけますが、あのサービスもすごく丁寧だと感じます。でも一方で、周囲にいる人たちがさっと手を差し伸べることができたなら、毎回駅員さんに頼らずとも、車椅子利用者の方は、気軽に電車の乗降ができるのではないかということも考えます。ハード面やサービス面が整うことはもちろん大事ですが、一人ひとりに当たり前に手を差し伸べる気持ちがあれば、いろんな人がもっと生きやすくなるのではないでしょうか。インクルーシブデザインは、人と人の障壁をなくすものでもあるのかなと思います。

これからの時代に求められるのは、広い視野を持ったデザイン

実際に障がい者の声に触れる機会を得て、デザイナーとして考えさせられたことがあったということですが、この経験は井上さんの今後の仕事にどのように影響するでしょうか?

井上:空間や施設をデザインするということを考えたとき、デザイナーの立場からすれば、世界観を表現することにどうしても頭が行きがちです。でも、これからの時代はむしろ、「利用者の視点に立ったデザインの方がかっこいい」という価値観が広がっていくべきだと思うんです。今後、多くの場面で「黄色じゃない点字ブロックなんてわかっていないな」と言えるデザイナーが、ものづくりを引っ張っていけるようになるといいですよね。

ただ一方で、誰もが使いやすいものは、デザインの個性が出しづらい。デザイナーは、そのはざまでいかに新しいものを生み出していくか、が課題なんだと思います。そこで必要になるのが、いろんな視点と広い視野ではないでしょうか。単純にきれいで美しいものを作るだけが、僕たちの仕事じゃない。これからは、さまざまな背景を持ったあらゆる人の声やニーズを理解しながら、デザインのあり方を考えていきたいと思っています。

SPEAKER

井上宏樹

Dynamite Brothers Syndicate アートディレクター

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