マーケティング界隈には、妙に使いたくなる言葉がある。
「インサイト」「アセット」「パーセプション」「アライン」「レバレッジ」「解像度」「バイアス」「スケール」「バリュープロポジション」「タッチポイント」「ペインポイント」など、挙げればきりがない。
この記事はマーケティングのプロではなく、その周辺で働く人たちに読んで欲しい。そして、積極的に使うことのメリットをお伝えしたい思います。
私たちの主戦場はクリエイティブですが、ブランディングの仕事をしていると、こういう言葉を耳にする機会は多い。
そして厄介なのは、意味を覚えると、今度は自分でも使ってみたくなることだ。
「この商品の強みは何ですか?」で済むところを、
「このブランドが保有しているアセットの解像度を上げたいですね」と言ってみる。
「お客さんはどう思っているんですか?」なら、
「現状のパーセプションを把握して、ターゲットインサイトとのギャップを見たいですね」と、なんとなくいい感じに言ってみる。
周りの目が少し気になるが、それは大体の場合自意識過剰であることが多い。
むしろ、マーケティングの文脈では正しい。
だから余計に使いたくなる。
そして一度使い始めると、だんだん使わずにはいられなくなる。
試しに、極端に並べてみるとちょっと面白くなってくる。
「まずターゲットインサイトの解像度を上げた上で、現状のパーセプションとのギャップをイシューとして整理し、既存のブランドアセットをレバレッジしながら、社内の認識をアラインしていく必要がありますね。」
なんとなく、ものすごく高度なマーケティング戦略について話しているように聞こえる。
少なくとも、言っている本人は使いこなしてる気分になる。
ところが、これを普通の日本語に直してみる。
「お客さんが本当は何を求めているのか、もう少しちゃんと考えて、今どう思われているかとの差を整理して、ブランドの強みを最大限活かしながら、社内で考えを揃えましょう。」
急に普通である。
驚くほど普通のことを言っている。
そもそもマーケティングという分野自体、海外で生まれた概念や理論を取り入れながら発展してきた部分が大きい。
新しい考え方が入ってくれば、新しい言葉も一緒に入ってくる。
「インサイト」も「エンゲージメント」も「パーセプション」も、最初から日本語の中にあった言葉ではない。
概念と一緒に入ってきて、そのままカタカナで定着していく。
だから、最初は誰だって少しぎこちなかったはず。
昨日まで「顧客の本音」と言っていた人が、今日から「インサイト」と言い始める。
昨日まで「認識を揃える」と言っていた人が、「アラインしましょう」と言い始める。
多くの人にとっては、言葉が先に入ってきて、使っているうちに少しずつ意味の輪郭が見えてくる。
それは自然なことなのだと思う。
マーケティング用語は、「ちゃんと意味を理解してから使わないと恥ずかしい」と思ってしまう。
もちろん、何も分からないまま使うのはよくない。
ただ、完全に理解してから使おうとすると、いつまでたっても使えない言葉もある。
実際には、使ってみることで理解が深まることも多い。
「インサイト」という言葉を使うようになると、
「単なるニーズとインサイトは何が違うんだろう」と考えるようになる。
「パーセプション」と言ってみると、
「ブランドが伝えたいことと、実際にどう見られているかは別なんだな」と気づく。
「ブランドアセット」と言ってみると、
ロゴや商品だけではなく、歴史や記憶、色、言葉、体験まで含めて、「そのブランドが持っている本質的な価値はなんだろう」と考えるようになる。
つまり、言葉を覚えることで、今まで以上に考察が深くなる。
言葉があるから、考えられることもある。
この記事のタイトルにある「背伸び」とは、分かっていないことを知ったかぶりする、という意味ではない。
まだ完全には自分のものになっていない言葉を、少し背伸びして使ってみる、という意味だ。
それくらいの背伸びは、むしろ成長を促してくれる。
新しい言葉を覚える。
使ってみる。
少し違和感がある。
もう一度意味を調べる。
また使ってみる。
そうしているうちに、最初は借り物だった言葉が、少しずつ自分の言葉になっていく。
たぶん、専門性というのは、そういうことの繰り返しで身についていくものなのだと思う。
最初から全部分かっている人はいない。
言葉も、考え方も、最初はだいたい借り物だ。
それを使いながら、自分なりに理解していく。
だから、マーケティング用語を使うことを、そんなに恥ずかしがらなくてもいい。
また、あえて使わないスタンスをとる必要もない。
言葉をひとつ知ることで、それまで見えていなかったものに気づくこともある。
「インサイト」「パーセプション」「ブランドアセット」など、
新しい用語は、新しい視点をひとつ増やしてくれる。
そう考えると、専門用語は単なる横文字ではなく、「視野を広げたり、より深く考えたりするためのレンズ」でもある。
ただし、私がひとつだけ気をつけたいことがある。
専門用語を使ったら、一度普通の日本語に戻してみることだ。
「パーセプションを変える」なら、
「認識を変える」。
「ブランドアセットをレバレッジする」なら、
「今持っている強みを、最大限活かす」。
「ターゲットのインサイトを深掘る」なら、
「その人が本当は何を考えているのか、もう一歩踏み込んで考える」。
普通の言葉にしても意味が残るなら、たぶんちゃんと理解できている。
逆に、普通の言葉にした瞬間に何を言っているのか分からなくなるなら、まだ自分の中で整理できていないのかもしれない。
でも、そこからもう一度考えればいい。
言葉の意味を調べて、もう一度、仕事の中で使ってみればいい。
使いながら、自分の言葉にしていくことが大事なのだと思う。
だから、マーケティング用語は少しくらい背伸びして使えばいい。
その言葉を使ったことをきっかけに、昨日まで見えていなかったものが見えるようになるなら、それはもう十分に意味がある。
そして今日も私は、なるべく普通の言葉で話そうと心掛けながら、
懲りずにまた、「もう少し解像度を上げましょう」と言うだろう。
植村 徹
PRODUCER / PLANNER
クリエイティブエージェンシーでCI/VI、ブランディング、TVCM、Web施策などを経験。デザインシンキングや編集思考を用いたワークショップやファシリテーションを得意とし、ライフスタイル商材のブランディングワークを行なっている。
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