今年初めて訪れたミラノサローネでは、プロダクトそのものの新しさだけでなく、
“空間がどのように演出されているのか”という視点を持って回りました。
グラフィックデザイナーという立場から特に惹かれたのは、各ブランドが、配置や余白、色彩、光、グラフィックを用いて、
空間全体を一つのビジュアルとして構成していた点です。
それは単なる演出にとどまらず、ブランドの世界観や価値観を空間として体現する試みであり、
展示そのものがブランディングの一部として機能しているように感じられました。
このレポートでは、グラフィックデザイナーの視点から、空間の構成、トーン、そしてイメージの関係性に着目し、
2026年のミラノサローネを視覚的な構造として読み解いていきたいと思います。
各ブランドの展示を見ていてまず感じたのは、プロダクトは単体で強く主張するのではなく、
互いの距離や配置関係、周囲の余白によって意味づけられ、空間全体の中で位置づけられている。
空間が“構成”として設計されているという点でした。
例えば、ベルギーのインテリアブランドGOMMAIRE の展示では、
ブランドの掲げる「Organic Living」という思想を体現するように、
大きなツリーを象徴的に配置し、ベージュカラーの壁面や石材を使った床、
砂地や植物など自然素材を用いながら、空間全体を有機的に構成。
また、面材ブランドであるイタリアのMarazziやスペインのCosentino では、素材を単に展示するブースではなく、
カフェのような滞在空間として設計し、面材を“見る”だけでなく、“過ごしながら体感する”構成が印象的でした。
B&B Italiaは、プロダクト周辺には余計な装飾は設けず、
ひとつひとつをじっくり見せる余白を存分に活かした設計となっていました。
高級家具ブランドらしく、堂々とした佇まいや姿勢を感じる空間でした。
自然素材やカフェというプロダクトそのものではない周辺のコトや、
過剰な装飾を抑えて余白を大きく取り込むなど、
編集されたこれらの空間は、ブランドの意志や価値観を可視化する手段として機能していました。
つまり空間の構成とは、何を置くか以上に、「どう配置するか」によって、
ブランドがどのように見られたいかを語る舞台となっている。
空間が「グラフィック化」しているように感じました。
それは、誌面における流れやストーリー性、余白の扱いに近く、
要素の配置によって情報の優先順位やリズムをつくる、
グラフィックデザインの思考と重なって見えました。
また本サローネでは、プロダクト自体をはじめ丸みを帯びたデザインや設え、布を用いた柔らかな演出など、
空間全体に有機的なフォルムが多く見られたことも印象的でした。
そこはグリッド的に整理された空間ではなく、曲線や素材の重なりによって、
身体に寄り添い包み込まれるような感覚を覚えました。
特に布による演出は、壁のように明確に空間を区切るのではなく、
光や気配をゆるやかに透過させながら、空間同士を柔らかく繋いでいる印象でありました。
空間演出として色もポイントになりますが、特に印象に残ったのは、
色数を絞りながら、質感や光によって空間に奥行きを生み出している展示が多いように感じました。
韓国のwekino は手頃で上質なインテリアブランドとして軽やかなカラーリングが特徴的ですが、
色をそのまま見せるのではなく光の陰影を用いることで、上質さやモダンさを表現。
ミニマムでクリーンなデザインスタイルを持つデンマークのインテリアブランドAudoは
マットな質感の設えにアースカラーを基調とした世界観で統一。
一方で、スウェーデンのインテリアブランド Johanson Design の展示では、
多彩な色を用いながらも、不思議とうるささを感じさせなかった点が印象的でした。
それは、色を単体で強く見せるのではなく、彩度や素材感、
光のバランスによって空間全体のトーンが丁寧に整えられていたからだと思われました。
ブランド情報によると、「オリーブ色、バーガンディは、空間に大地を感じさせる重厚感と静かな深みをもたらし、ライトイエローとスカイブルーは、軽やかさ、明快さ、そしてより未来志向的な開放感を添える」とあります。
なるほど、単に色を多用しているのではなく、
色同士の関係性によってこの空気感が作られているのだと再認識しました。
これら3つのブランドの方向性はそれぞれ異なりますが、共通していたのは、
“色”そのものを強く主張するのではなく、
トーンの連続によって空気感をつくり出していたこと。
低彩度の色彩、柔らかな陰影、マットな素材感。
空間は強いコントラストではなく、
グラデーションのような階調によって構成されていました。
また、色の傾向として、落ち着いた深みのある赤が随所に使用されていることも個人的な印象でした。
VICAL や MORPHO by Tomorrowland、TM LEADER CONTRACT などの展示では、
テラコッタ寄りな赤や彩度を抑えた赤などが空間の中に溶け込み、
強いアクセントというよりも、空間全体に温度を与えるもの、空気感を整えるためのものとして扱われているように感じました。
色は単に視覚的に、差し色として存在するのではなく、
空間に感情的な深度を与える要素のように感じられました。
それは、空間を“見る”だけでなく、
身体的に感じさせるためのトーン設計でもあったように思われました。
ちなみに、MORPHO by Tomorrowlandは
音楽フェスを母体とするベルギーのブランドが手がけていることが後からわかったのですが、
確かに、有機的な造形や光の演出によって構築された空間は、
一つの物語として身体ごと入り込む感覚に近く、プロダクトを見るといより、没入感を強く感じたことを覚えております。
空間の構成、トーンの他にブランドをイメージさせる要素として
イラストや写真などグラフィックの存在も強く感じられました。
特に Kartell の展示では、プロダクトの背景に置かれたイラストにはその周辺にある空間が表現されており、
イラストレーションが単なる装飾ではなく、ブランドの空気感そのものを拡張する役割を担っていました。
会場を入った直後は白いシンプルな世界だけで構成され、奥へ進むとイラストが大胆に使用された空間が広がる。
この構成のメリハリもプロダクトやイラストを引立たせる演出のひとつとなっていました。
また、イタリアのアウトドア家具ブランドCREMA Outdoor の展示で印象的だったのは、
フォトグラファー Omar Sartor の世界観と空間演出が強く結びついていた点です。
そこに展示されている写真では、プロダクトそのものを説明するのではなく、
光や温度、余白、ブランドの気配といった“空気感”が丁寧に切り取られていました。
写真は単なるビジュアルではなく、
ブランドがどのような時間や感覚を提供したいのかを伝えるための要素として機能してるように感じました。
このブースの前で足を止めたきっかけは、正にこの写真に惹かれたからでした。
このように、イラストや写真などのグラフィックは、空間に情報を追加するものではなく、
ブランド体験そのものを構成する役割を担っていることを改めて感じました。
今回ミラノサローネを通して強く感じたのは、
空間そのものが、ブランドの思想や価値観を伝えるための“メディア”になっているということでした。
展示は単にプロダクトを見せる場ではなく、
配置、余白、色彩、光、素材、グラフィックといった要素を重ねながら、
ブランドの世界観を体験として編集する場となっている。
そこではプロダクト単体の造形だけでなく、
「どのような空気の中で存在するのか」「どのような時間を過ごさせるのか」
まで含めてデザインされているように感じられました。
特に印象的だったのは、
多くのブランドが“強く主張すること”よりも、
空気感や身体感覚、静けさといった、感覚的な豊かさを大切にしていた点です。
色数を絞ったトーン設計や、有機的なフォルム、柔らかな素材使い、余白を活かした構成。
それらは、視覚的なインパクトだけではなく、
空間に滞在したときの感情や感覚まで丁寧に設計しようとしているように見えました。
こうした空間のあり方には、SNSをはじめ、思わず写真を撮りたくなってしまう文化や風潮によって求められる「一枚絵としての強さ」が影響している一方で、
現在のラグジュアリーの価値観の変化も大きく関係しているように思われます。
かつてのラグジュアリーが、装飾性や象徴的な豪華さによって価値を示していたとすれば、
今はむしろ、余白や静けさ、素材の質感、光の陰影といった、
細部の“解像度”によって豊かさを感じさせる方向へと移行している。
それは、目立つためのデザインではなく、
空気や感覚を丁寧に整えることで生まれるラグジュアリーであるように感じられました。
今回、グラフィックデザイナーという立場からサローネを見たことで、
インテリアや建築の専門性とは異なる視点から、
空間の構造やブランドの意向を読み取ることができたように思います。
2026年のミラノサローネは、
単に「何をデザインしたか」を見せる場ではなく、
「どのように世界観を編集し、体験として届けるか」を表現する場であると感じました。

井上ヒロキ
ART DIRECTOR
ファッション誌や百貨店カタログ、ビジネス誌などエディトリアルデザインの知見が豊富。ライフスタイル文脈でどのようなコミュニケーションデザインが役割を果たせるかを発想の軸に置き、新規事業からインナーブランディングまで活動の幅は多岐にわたる。
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