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雑誌のアートディレクションをしている頃、連載をお願いしに某作家のご自宅兼事務所にお伺いした時に手土産を何にするかとても悩んだことがあります。その方は美食家でもあり、雑誌のコラムなどでも手土産やお取り寄せを紹介されていたりと、とにかく良いものを沢山知っている方だったので尚更。考えた結果、担当編集と相談して浅草にある有名なパン屋さんの食パンを持参することにしました。
編集の彼曰く、手土産とは地元のモノを選ぶのが基本。でもお菓子だと普通過ぎる、ということで自分が好きでよく食べている食パンを選びました。
その作家の方も食パンの手土産は初めてだったようで、グリーティングトークは食パンで盛り上がり、連載のお願いの交渉もスムーズに進みました。
手土産を何にしようか考えることは日常的にあることだと思います。弊社クライアントに和菓子屋さんがいるのですが、いつも手土産に悩みます。毎回洋菓子と言うわけには行かないのでギフト領域の選択肢を半分を奪われたような感覚になります。
この様にクライアントへのご挨拶、招いて頂いた会食、お中元やお歳暮。家族や友人の記念日やお祝いなど、結構な数があります。機会があれば年間の回数を数えてみたいくらいです。
スタジオ撮影の時なども出版社によって手土産的な差し入れに個性が際立っていたのを覚えています。特にライフスタイル型女性誌は感度が高く、予約困難や入手困難、最近話題の新しいお店の食品が差し入れられ、モデルは喜び、テンションが上がっていました。そしてクライアントも上機嫌に!
手土産効果恐るべしである。
因みに残念ではあるが男性誌は全くと言っていいほどそれがなく、コンビニでの差し入れだったことも。手土産は女子力が必要なのかもしれません。女子力と手土産の関係を今度掘り下げて考えて見たいなと思います。
そう言えば手土産に厳しい評価をすることで業界を震え上がらせていた某アパレル会社のデザイナー兼社長は、自分が気に入った手土産の包装紙やショップカードをファイリングされていたのを見たことがあります!
その方は厳しいだけでなく手土産愛が強かっただけかもしれませんね。
そして私はそのファイリング自体を書籍化することをご提案しました。
隠れた名店など一般読書にも楽しい内容になるが、何故その厳しい社長の審美眼にそれらが選ばれたのかが分かれば、業界から心配事が少し減るからです。
また、私が1番憂鬱な手土産と言えば、謝罪の時です。有名な切腹最中はまだ買ったことないですが、先方が会社で大勢いらっしゃる時は賞味期限が短過ぎず小分けになっているお菓子の詰め合わせを選ぶことが多いです。これも某女性誌編集長に教えていただいたアイデアです。小分けだとオフィスで食べる方、持ち帰る方に都合が良いかららです。
社内にお菓子が置いてあり、ご自由にお取りくださいと書かれた張り紙を見たことがある方も多いのではないでしょうか?
その編集長は手土産がどの様に社内で扱われるのかを想像して選んでいたのです。やはり相手のことを考えることはとても重要なんだとわかります。
そう考えてみると手土産はコミュニケーションツールですね。ブランディングや広告制作と同じコミュニケーション領域でまさに私のお仕事です。
そう思って、何年か前にデザイン学校で手土産のワークショップを行いました。
お題はギフト(手土産)を考えてください。「誰に?何を?どの様な目的で?その手土産を考え、それに相応しいラッピングやプレゼンテーションもしてください」というもの。
日頃お世話になっているけど普段お礼を伝えられていない家族に向けてや、司法試験を目指している自分の事を気遣って家事など様々なサポートをしてくれている友人など、それぞれに相手の事を思い想像したギフトになっていたと思います。
中でも印象に残るのが、海で拾った瓶のプレゼンでした。彼はその瓶に自身の紹介として、日頃ビーチクリーンに取り組んでいること、この瓶はいつどこで拾ったか、またこの瓶を花瓶や何かに再利用をして使って欲しいと書いた手紙を入れて再び海に流す。なので渡す相手は具体的ではなく拾った誰かとなります。拾った誰かが、その瓶をギフト(誰かからのギフト)として受け取り、世界のビーチを誰かがゴミ拾いしていることを知って、世界のどこかのビーチが綺麗になるきっかけにしたいと言う考えは、目的はギフトを使った課題解決です。
私はその生徒のプレゼンを聞いて、ギフトはただのギフトだけではなくやはりコミュニケーションツールなんだと改めて発見出来ました。
温泉旅行に行くと温泉饅頭がお土産の定番なのが少し残念です。温泉てなんで饅頭なんでしょうね?温泉の蒸気で蒸すからなどの理由もあると思いますが、どの地方も饅頭というのは勿体無い!
せっかくその街の語り部になり得るコンテンツなのに、その機会を自ら無くしてしまった感じです。そもそも地域ごとに価値コンテンツは沢山あるはずです。
想像してみましょう。温泉に一泊で旅行に行くと近くを散策したり、宿のお食事を楽しんだり、地元の方々との会話は知らない事に多く出会い興味深いですよね。また季節ごとに変化もあります。ひょっとしたら若い方が移住してカフェをやっているかもしれません。彼は何故その地を移住先として選んだんだろう?そんな視点からその街の魅力を再発見できるかもしれないのです。だからなるべく沢山のコンテンツを集めて、その街らしさを見つけてみると、きっと見えてくるはずです。
恐らく賞味期限や、多く方が受け入れやすい商品や、買いやすい価格などの機能的側面から考えて決めているのではないでしょうか。そこも大事ですが、私ならこのお土産を渡す時に話が弾んだり、お土産話しを語りたくなる様な視点を大事にします。お土産をその街の広報担当者にするべきです。
効率を考えた欲しいものリストも私的にはナンセンス。センスなしというかそもそもそう言う選択肢はないです。何故なら相手のことを思いやる行為こそがセンスだから。相手が何が欲しいのか、賞味期限、消え物として万人理解を考えたりと、そういうことはあくまで相手のことを思った中で必然として考えていくことです。
昨今のDX化含めて効率化が必要な領域ももちろんあるが、手土産は相手の事を考えたり、調べたりと効率ではなく手間暇をかけるその行為こそがギフトそのものです。
たかが手土産ではありますが、あげるだけで本当に良いのか?されど手土産として手間暇かけてみてはいかがでしょうか?
何故なら手土産はその人のセンスや思いが伝わる最強コミュニケーションツールだからです。
私ごとですが、妻の実家の最初のご挨拶に、うっかり手土産を忘れて生涯の汚点を残したことをここに報告…。
野口 孝仁
PRESIDENT & CEO / CREATIVE DIRECTOR
1999年、株式会社ダイナマイト・ブラザーズ・シンジケート設立。「ELLE JAPON」「装苑」「GQ JAPAN」「Harper’s BAZAAR日本版」「東京カレンダー」「FRaU」など人気雑誌のアートディレクション、デザインを手がける。現在はエディトリアルデザインで培った思考を活かし、老舗和菓子店やホテル、企業のブランディング、コンサルティングなど積極的に事業展開している。 著書「THINK EDIT 編集思考」(日経BP) 講師宣伝会議「アートディレクション養成講座」「編集物ディレクション講座」「デザインシンキング実践講座」など多数