ビジネスの現場ですっかり浸透した「パーパス」ですが、その意味や役割を本当に理解して使っていますか? ここでは、じつは知ったかぶりしている人や、今さら質問できない人のため簡単に解説。さらにパーパス策定に困っている人のため、新たな策定法をお伝えします。
目次
「目的」を意味するパーパスは、多くの場合「存在意義、存在理由」と紹介されます。
企業やブランドが何のために存在するのか、です。
「パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える」(東洋経済新報社)の著者、経営学者の名和高司氏をはじめ多くの識者は、パーパスを「志」と定義します。
「志」とは、心に決めた目的や目標という意味です。すべての企業やブランドは何らかの志をもってスタートしたはずであり、パーパスの策定とは、その大義名分を思い返す、本来シンプルな作業なのです。にもかかわらず、まるで自分探しのように深みにハマり迷いやすいもの。その理由の一つがミッションとビジョンの存在です。
パーパスを、ミッションやビジョン、バリューと混同している人は少なくありません。
「何でも英語にすればいいわけじゃない!」という多くの指摘はさておき、それぞれの意味を解説しましょう。たいてい、図解(三角形の図や同心円の図が多い)されますが、ピンとこない人も多いでしょう。それぞれの違いを「パーパス・ブランディング」(宣伝会議)の著者、齊藤三希子氏は次のように説明します。
また、一般的に以下のようにも分類されています。
●パーパス なぜ存在するかを表したもの。存在理由(Why)
●ミッション 何を果たすべきかを表したもの。使命(What)
●ビジョン どこへ向かうかを表したもの。ゴール(Where)
●バリュー いかに実践するかを表したもの。行動指針(How)
ちなみに、日頃からさまざまな企業のパーパスやMVVの策定に携わる筆者は、
次のような感覚で捉えています。
●パーパス 以下の、線・点・面すべてに漂う「空気」
●ミッション 現在地と目的地の点と点を結ぶ「線」
●ビジョン 目指すべきただ一つの「点」
●バリュー 土台となる「面」
ここまでパーパスの概要と、MVVとの違いを説明しましたが、ここからは具体例です。
最も引き合いに出されるのが、SONYのパーパス「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす。」ですが、今回はもっとわかりやすく、日本で最も有名なストーリーをもとに解説します。
日本人におなじみの桃太郎。そのパーパスといえば、真っ先に「鬼退治」が思い浮かぶでしょう。
ところが、先述の「なぜ存在するか」に当てはめると、違和感に気づくはずです。
桃太郎はなぜ存在するか?そもそも彼は、鬼退治のために桃から生まれたわけではなく、そのために送り込まれた「傭兵」でもありません。鬼退治は、彼が使命感から名乗り出たことに過ぎません。仮に、彼が鬼退治のために存在するキャラクターだとしたら、物語が終わった後、彼の存在価値はなくなってしまうのでしょうか?その後も彼の人生は続きます。つまり、鬼退治という行為は先々の大きな目的を果たすための手段であり、パーパスというよりむしろミッション=使命のほうが近いといえます。そして、いかに鬼退治を実践したかという意味で、「正義」「勇気」「団結力」などがバリュー=行動指針に該当します。
●パーパス ???
●ミッション 鬼退治
●ビジョン ???
●バリュー 正義、勇気、団結力
では、なぜ桃太郎はわざわざ危険を冒してまで鬼ヶ島に向かい、結果的に何を成し遂げようとしたのでしょうか?
カギは、物語の結末の「めでたし、めでたし」にあります。桃太郎にとって、あるいは読者にとっての「めでたし」とは、鬼の恐怖から解放され平和に暮らすこと。そう考えると、桃太郎が目指したゴール=ビジョンとは、鬼ヶ島でなく、村で過ごす平和な未来だとわかります。
●パーパス ???
●ミッション 鬼退治
●ビジョン 平和な未来
●バリュー 正義、勇気、団結力
残るパーパスですが、ここで疑問が生じます。先ほど「平和な未来」をビジョンに設定しました。しかし、それをパーパス の「なぜ存在するか」に当てはめ、「平和な未来のために桃太郎は存在する」と捉えれば、「平和な未来」はパーパスとしても成立してしまいます。「なぜ存在するか(パーパス )」の答えは「ゴール(ビジョン)へ向かうため」であり、パーパスとビジョンには、否応なく重なり合う部分が存在するのです。両者を区別し、明確なパーパスを策定するには、2つの方法が考えられます。
まずは「範囲の限定」です。「なぜ存在するか」ばかり考えていても、哲学的な思考に陥り、抽象的な答えしか浮かばないでしょう。そこで、「なぜ、今、社会に、存在するか」と考えます。「今、社会に」がポイントです。パーパスとは存在理由ですが、社会での存在理由の意味合いが強い言葉です。SDGsが世間に知られるようになり、多くの企業が社会や環境への貢献について明文化しています。「今、社会に」と範囲を絞り込むだけで、周囲との関係性に想像が広がり、先々のゴールを示すビジョンとは別の答えが出るでしょう。
もう1つの方法が「視点の転換」です。ビジョンとパーパスの違いについて、次のような解釈も知られています。
これまでのビジョンは、どんな企業・ブランドになりたいか。「I」の視点で語るもの。
これからのパーパスは、どんな社会にしていきたいか。「We」の視点で語るもの。
先ほど、範囲を社会に限定したのと同様に、今度は主体(企業やブランド)の視点を切り換えます。ビジョンが「企業が顧客にとってどうありたいか」を表明するのに対し、パーパスは「顧客に限らず多くのステークホルダーと一緒にどんな社会を共創していきたいか」。
話を桃太郎に戻しましょう。上記を踏まえ「桃太郎たちは、なぜ今、社会に存在するのか」と考えると、鬼退治という一過性のミッションのためでないことがわかります。平和な未来という先々のビジョンのためでもないことも明白です。
物語の結末をもう一度確認すると、こう記されています。「おじいさんとおばあさんと、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」。桃太郎が鬼ヶ島から戻った場所は、自分が生まれ育った村。おじいさんとおばあさんの待つ家です。鬼退治した後も、なぜ社会に存在するのか。それは、みんなと幸せに暮らすためだと結論づけることができます。
●パーパス みんなと幸せに暮らす
●ミッション 鬼退治
●ビジョン 平和な未来
●バリュー 正義、勇気、団結力
パーパスの策定とは、創業時から今に続く大義名分を思い返す、本来シンプルな作業。けれど、それが案外難しいもの。
そんな場合におすすめの方法が、パーパスの存在を忘れること。そして、企業やブランドの業務そのものをいったん停止することです。実際は停止などできないので「仮に停止したら」と想像してみてください。おそらくすぐ再開するに違いありません。そのとき、自分の胸に聞いてほしいのです。なぜ再び行動を起こすのかと。ある人は、待っているお客様のため。ある人は、生活費を稼ぐため。その理由はさまざまでしょう。パーパスは志。理屈ではなく衝動的な感情であり、行動を起こす理由こそがパーパスといえます。桃太郎も一度行動をやめたとしても、きっと再び動き出すでしょう。みんなと幸せに暮らすために。
仕事で想像するのが難しい人は、普段の習慣で試してみてはどうでしょうか。歯みがきをいったん止めてみる。筋トレをいったん止めてみる。再開する理由が、その習慣のパーパスです。そして、なんとなく惰性で続けるより目的意識を持って取り組むほうが、同じ行動でも成長を実感できたり、充実感が大きくなったりすることにも気づくはずです。
This is New Perspective
パーパスが見つからない場合は、いったん行動をやめてみる。再び行動しようとするモチベーションがパーパスになる。
Reference:「パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える」(名和高司/東洋経済新報社)、「パーパス・ブランディング」(齊藤三希子/宣伝会議)、日経クロストレンド 超図解・新しいマーケティング~5分でわかる「博報堂の流儀」
石塚 勢二
COPYWRITER
広告制作会社で多くの企業の広告、プロモーションに携わった後、入社。コピーライティングに限らず大局的な視点に立ち、ブランドのコンセプト開発からコミュニケーション戦略の立案、動画・音声コンテンツの企画・シナリオ設計まで行う。