ダイナミックプライシングとは、需要と供給に応じて商品やサービスの価格を変動させる変動料金制のこと。その新たな導入先を考えてみました。
コロナ禍の三密回避をきっかけに多くの業界が導入したダイナミックプライシング。その動きは交通機関から、テーマパーク、スポーツチーム、さらにはスーパーマーケットや電力料金にまで拡大。ダイナミックプライシングに代表される「PaaS(Price as a Service)」は、MaaSやSaaSと並び、今注目を集めています。
といっても、その潮流はここ数年に始まったわけではありません。航空券や宿泊施設、引越の料金が季節によって変わるのは昔から。もっといえば、アート作品の値段から寿司屋の時価まで、幅広い分野で価格の変動は広がっています。
そもそも「価値」とは、商品やサービスなどが役に立つ度合い。「価格」はそれを数値化したものです。
ここで注意したいのが、役に立つかどうか、どれほど値打ちがあるかを判断するのは、商品やサービスを提供する企業ではないということ。決めるのは、商品やサービスを実際に利用した消費者です。
消費者の気分は繊細で複雑なもの。季節や時間、社会の動向、その場の空気などさまざまな要因で刻一刻と変わります。そんな変化するニーズをつかみ、文字通りダイナミックに最適な値付けをすることが重要です。
AIの進化は著しく、ダイナミックプライシングは思わぬ分野まで広がっていくと予想できます。そこで導入の可能性を思索しました。
3月4日に山梨県議会は混雑解消のため、富士山の登山道「吉田ルート」で1人2000円の通行料を徴収する条例案を可決しました。
混雑状況は消費者の需要の目安であり、それを指標とした価格変動はすでに行われています。
たとえば高速道路料金。休日割や深夜割など曜日・時間帯で異なりますが、今はもうAIが交通量をリアルタイムに計測できるため、今後は渋滞状況によって料金を細かく変えることも考えられます。
飛行機や電車でも、隣の座席に人がいる時といない時で価格を変えてもよいかもしれません。
座席でいえば、ライブ会場の客席はエリアごとの料金設定ですが、それも混雑状況で変動させたり細分化したりできる可能性はあります。映画館も同様です。
空いていることが消費者のメリットになる空間であれば、美術館や水族館、さらには銭湯や駐車場など幅広く導入できるでしょう。
ここまで公共交通機関の例をいくつか出しましたが、タクシーの場合はどうでしょうか。
タクシーの料金は、深夜早朝割増や迎車、待機などで上がります。消費者にとってタクシーの価値とは安全性や快適性であり、それらは運転手個人のスキルに左右されるものです。
そう考えると今後は、接客態度や運転技術を乗客が評価し、それよって一台ごとに料金を変えてもおかしくはありません。
車体にはすでに「優良マーク」が掲示されていますが、あくまでも業界団体の評価です。想像できるのは、乗客の評価がリアルタイムに価格に反映される未来です。(海外では、需要動向をモニタリングし価格を変動させている配車サービスがあるようです)
ほかに個人のスキルが価値に直結する例では、家庭教師も挙げられます。授業料は、教師の学歴や生徒の学年で決まりますが、教わった生徒からの評価を授業料に反映させてもよいかもしれません。
スポーツジムのパーソナルトレーナーや、家事代行サービス、フードデリバリーの配達員、さらには有名人のギャラなどでも同じことがいえます。
想像してみてください。連休前の夜と、連休明けの朝では、気分は大きく違うでしょう。晴れか雨か、暑いか寒いかによっても気分は変わるはずです。そのため、天気や気温による価格の変動も十分あり得ます。
カラオケボックスでは室料を昼夜で分けていますが、今後は天気と時間帯の組み合わせで変える可能性も考えられます。同じ夜間でも、晴れている平日よりも、雨が降り始めた週末の終電間際の方が高額というように。
また、過ごしやすい気温の日より、気温が急激に下がり体調に異変が出やすい日の方が、マッサージの利用料金を割高にするという選択肢もあります。
気温が上がるとアイスクリームの需要が増えることから、日本気象協会は「アイス指数」を公表しています。ちなみにアイスクリームは気温が34度を超えると、かき氷に負けるそうです。天気や気温によるダイナミックプライシングとは極端にいえば、真夏日と真冬日でアイスクリームの値段は同じでよいかということです。
ダイナミックプライシングには、収益を最大化できたり在庫を抱えるリスクを減らせたりするメリットがありますが、一方でシステム構築には多額なコストがかかります。
需要を高い精度で見極めるためにAIは欠かせませんが、最も大切なのは、「今なぜ高いか」「今なぜ安いか」と価格変動の裏付けを可視化することで、値段がコロコロ変わる不安やストレスを払拭し、消費者の納得感を得ることです。
株価も地価も金の価格も、変動するのが当然と捉えられていますが、すべて信頼できるデータありきです。
混雑状況にしても、利用者の評価にしても、天気や気温にしても、正確に数値化し開示できるようになれば、ダイナミックプライシングの流れは今以上に広がっていくのではないでしょうか。
This is New Perspective
AIが進化する限りダイナミックプライシングの拡大は続く。
需要が変わる潮目や要因を見極めて、柔軟に対応することは、変化の激しい時代に生き残る道。
石塚 勢二
COPYWRITER
広告制作会社で多くの企業の広告、プロモーションに携わった後、入社。コピーライティングに限らず大局的な視点に立ち、ブランドのコンセプト開発からコミュニケーション戦略の立案、動画・音声コンテンツの企画・シナリオ設計まで行う。