TOHOシネマズは、2026年7月1日から一般映画鑑賞料金を2,200円に改定すると発表しました。
そうなると気になるのが、価格に見合う時間をその座席で過ごせるかということ。たとえ希望の席を確保できても、「トナラー」の存在次第で満足感は変わります。
トナラーとは、周囲に十分な空きがあるにもかかわらず、わざわざ他人の隣を選ぶ人の通称。本人に悪意はないようですが、その心理を理解しておくと今後役立ちそうです。
トナラーの心理(1)パーソナルスペースが他人と違うが、それすら気にしていない
パーソナルスペースとは「自分の体の延長のように感じ、他者に侵入されると生理的に不快感を覚える空間」。1960年代に米国の心理学者ロバート・ソマーが定義し、その後、文化人類学者エドワード・ホールは、パーソナルスペースを4段階に分類しています。
・公衆距離(3.6m以上)
講演会や講義など大勢の人へ一方的に話す距離。
・社会距離(1.2m~3.6m)
机越しの商談などビジネスの場面で用いられる距離。
・個体距離(45cm~1.2m)
友人や知人と、レストランやカフェでテーブル越しに会話する距離。
・密接距離(0~45cm)
恋人や家族など親しい人のみが許される、スキンシップできる距離。この空間に他人が入ると、人は強いストレスを感じる。
トナラーは、このパーソナルスペースの感覚が他人と異なり、無意識のうちに近づきすぎてしまうといわれています。
なお、パーソナルスペースには個人差があります。外交的で人と話すのが好きな人はパーソナルスペースが狭く、反対に内向的な人は広くとる傾向にあります。また、一般的に女性は男性に比べパーソナルスペースが狭く、スペースの形も違うとされています。年齢が低いほど狭く、成長と共に広がり、40歳をピークにその後は小さくなっていくといわれています。接触文化のある南米、南欧、中東では狭く、非接触文化のアジア、北米、北欧は広いともいわれています。
日本ビジネス心理学会副会長で認知科学研究所所長の匠英一さんは次のように解説します。
「認知の特性でパーソナルスペースの意識が希薄な人が、10人に1人くらいはいます。何の悪気もなく、自身のこだわりで席を選んでいると思います」

トナラーの心理(2)人の近くにいて安心したい
一人では寂しくて落ち着かないので、誰かのそばにいて安心したい、という気持ちです。人は社会不安が強いほど、不安を和らげるため集団で過ごそうとする傾向があり、火事で野次馬が集まるのも同様の心理。今いる場所や、その時間への不安が影響していると考えられます。
トナラーの心理(3)隣を目印にしたい
広い駐車場では、自分の車の場所がわからなくなるため、目立つ色の車や、車体が大きい車など覚えやすい車の隣に駐車する人もいるようです。
トナラーの心理(4)周囲のために空きを詰めているだけ
「順番に詰めて座ったほうがいい」「真ん中から埋めたほうがいい」など独自のルールや、行き過ぎたマナーも理由の一つとされています。
トナラーの心理(5)合理的な選択をしているだけ(それが偶然一致)
他人に無関心で、お気に入りの席に座るというルーティンや、自分のこだわり、利便性を優先した結果、たまたま他人の隣になるケースもあるようです。
トナラーの心理(6)隣の人をモノとみなしているだけ
満員電車などパーソナルスペースを確保できない場所では、周囲の人をモノとみなす「没人格化」のメカニズムが働き、不快感をやり過ごせます。しかしトナラーは、パーソナルスペースを確保できる場所でも「没人格化」を続けがち。切り替えが苦手なのではないかと考えられています。
冒頭で映画館を例に挙げましたが、トナラー遭遇スポットは多岐にわたります。カフェ、トイレ、スタジアム、電車、バス、ジム、洋服店の試着室、公園のベンチ、病院の待合室、ホテルの大浴場、テーマパークのメリーゴーランド、裁判の傍聴席、さらにはゲームのバーチャル空間まで。
なかでも駐車場では、自分の車を傷つけられる心配もあり、精神的な苦痛だけでは済みません。

ここからはトナラー対策を考えます。
コロナ禍にはソーシャルディスタンスで一定のスペースを確保できましたが、現在は自分で対策するしかありません。ラーメン店「一蘭」のように敷居がどこにでもあるわけではないので。
対策法は、自分が移動できる状況と、移動できない状況で異なります。たとえば鉄道の自由席でトナラーに遭遇したら、自分が移動すれば解決します。けれど、指定席ではそういうわけにはいきません。
では、その状況を甘んじて受け入れるしかないのでしょうか。座席を選ぶ段階で予防できることはなかったのでしょうか。
今回は、鉄道の指定席を予約する状況で考えます。なお「実現性」と「満足度」は完全に筆者の主観です。
【選択肢A】 もしトナラーを意識せず第一希望の座席を選んだら
結果A-1:トナラーは現れなかった
実現性:30% 満足度:★★★★★ 5
希望の座席で、隣に誰もいない理想的な結果。
結果A-2:トナラーが現れてしまった
実現性: 70% 満足度:★ 1
「せっかくいい座席を選んだのに!」と怒りが湧くが、「座席自体は他人にとってもいい場所だからトナラーが現れても仕方ない」と捉えれば、最悪の結果は免れる。
【選択肢B】 もしトナラーを避けるため第二希望の場所を選んだら
結果B-1:トナラーは現れなかった
実現性:70% 満足度:★★★★ 4
「トナラーが現れないなら第一希望の座席にすればよかった」という後悔はあるが、「そこそこ良い座席でトナラーが現れずに済んだ」という満足感はある。
結果B-2:トナラーが現れてしまった
実現性:30% 満足度:0
「せっかくトナラーを避けて妥協したのに失敗した!」という精神的ダメージが大きい最悪の結果。
高確率なのは、第一希望の座席を選んだためトナラーが現れてしまった結果(A-2)。囚人のジレンマではありませんが、トナラーを避けるなら第一希望はあきらめるべき。しかしそれは同時に、トナラーが現れなかった理想的な結果(A-1)の可能性を捨てることでもあります。
同じく高確率なのは、第二希望の座席を選んだためトナラーは現れなかった結果(B-1)。それにより一定の満足は得られますが、あくまでも第二希望に過ぎず、またその選択は、トナラーが現れてしまう最悪の結果(B-2)の可能性を孕んでいます。
まとめると
●座席のランクダウンは覚悟の上で、どうしてもトナラーを避けたい場合 → 第二希望で予防線を張るのがオススメ
●トナラーに遭遇するのは覚悟の上で、どうしても良い座席を選びたい場合 → 第一希望を貫き通すのがオススメ

トナラー回避術(1)両隣が空いている席に座る
左右に空きがあれば、もしトナラーが現れても隣に移動できます。
トナラー回避術(2)ドアに顔を向けて座る
社会心理学者の渋谷昌三さんはこう解説します。
「人は目が合うと威嚇されたように感じるので、思わず大きな距離(他者を遠ざける)をとるのです。入口から顔が見えるように座り、客をチラッと見るだけで回避する効果があります」
トナラー回避術(3)近寄りがたいオーラを出す
一般的に、穏やかな雰囲気の人のそばは心理的な安全を感じやすいといわれています。その逆を狙う方法です。
いくらトナラーが他人に無頓着とはいえ、反社会的勢力の人の隣には座りたがらないでしょう。そのため、可能な限り「この人の隣はヤバい」という空気を醸し出します。トナラー以外の人たちにもそう思われてしまうリスクはありますが。
トナラー回避術(4)別のことに集中する
ここからはトナラー遭遇後の対処法。
混雑したエレベーターで表示される階数を見るのは、パーソナルスペースを他人に侵されている不快感を、別のことに集中して緩和しているため。同じように、別の作業に没頭すれば気を紛らわせます。
トナラー回避術(5)相手の長所を探す
パーソナルスペースが相手との関係で変わるように、トナラーか否かは人物像によっても決まります。
仮にある男性が、空いているカフェに入り、隣に来た人が彼の好みの女性なら、トナラーとみなすでしょうか。むしろ別の感情が生まれるかもしれません。では、隣に来たのが不気味なオジサンなら、女性の場合と同じ感情を抱くでしょうか。
つまり、トナラーとは相手次第。だとしたら、その相手に好感を抱きさえすれば、トナラーがトナラーでなくなるかもしれません。
とはいえ、精神的な対策には限界はあります。さらにトナラーが犯罪につながる危険性もゼロではありません。
トナラーを回避する最も効果的な方法は、移動できるなら、やはり自分が移動することに尽きます。
何も悪いことをしていないのに、なぜ自分が逃げるように移動しなければいけないのか、と納得できない人もいるでしょう。
日本では長らく、我慢や忍耐は美徳とされてきました。その思想自体は否定しませんが、とにかく何事も耐え忍べばいいという精神論には賛同できません。「逃げるが恥だが役に立つ」というドラマがありましたが、元々それはハンガリーのことわざで、日本にも「逃げるが勝ち」という言葉があります。勝てない戦いをしないのは古くから戦の常套手段です。ちなみに、ドラクエのコマンドも「にげる」が初代から搭載されていました。
話が大きくなってしまいましたが、そもそもトナラーを理由に席を移る行為は、「逃げる」という弱者の姿勢ではありません。自分を守るため「距離をとる」という賢者の選択なのです。これはトナラー以外にも応用できます。
▶︎視野が狭く、古い価値観でしかものを語れない、ただ声が大きいだけの上司。
▶︎1の悩みを100にまで膨らませて怪しい勧誘をしてくる、親切心の皮をかぶった友人・知人。
▶︎小さなコミュニティの、じつは存在しない暗黙のルールに固執し、同調圧力をかけてくる隣人。
こうした精神的にもパーソナルスペースを詰めてくる人には「距離をとる」という選択が効果的。「時間が解決する」とよくいわれますが「距離が解決する」こともあるのです。

さて、以上の内容から「ああ、これを書いている人は、隣に誰かが来るのがよっぽどイヤなんだな」と思われるかもしれません(いや、このブログの多くの読者はそんな輩ではないと信じていますが)。
もしそう思われるとしたら、その一面的、短絡的、表層的な理解こそが、じつはこのブログの本題なのです。
筆者が文中でくり返し述べてきたのは、「周囲が空いているにもかかわらず隣に来る人への困惑」であり、「周囲が混んでいるため隣に座らざるをえない人」に対するそれではありません。トナラーではないその人には、困惑どころか関心すらありません。
ところが、昨今はSNSでの切り取りが横行しているせいか、事実を自分に都合のよいストーリーに歪曲して捉える、バイアスの強い層が一定数存在しますよね。「トナラーの心理を分析している」→「隣に人が来るのが耐えられない」といった論理の飛躍があるのでしょうか。
パーソナルスペースを詰めるどころか、スペース自体をひとつまみで乱暴に奪ってしまう、そんな人たちをいったい何ラーと呼べばいいのでしょう。そうして人にレッテルを貼ることで、不可解なままでいるストレスを抑えようとする自分は、何ラーに属するのでしょう。
This is New Perspective
トナラー遭遇率を下げるのは可能。
一ヶ所に集中せず、空間全体に視野を広げると、平和的な座席確保ができる。
一文に限定せず、文章全体に視野を広げると、メッセージの核心を捉えることができる。
参考:マイナビニュース 2026.06.22、@DIME 2024.08.24、AERA 2022.10.10-17合併号、読売新聞 2021.04.28、医療法人社団平成医会、Money Foward 人事労務の基礎知識
石塚勢二
CREATIVE DIRECTOR / COPYWRITER
プロダクションにて企業の広告・プロモーションに携わった後、Dynamite Brothers Syndicateに参画。パーパス策定やコンセプト開発から、コミュニケーション戦略の立案、コンテンツの企画・制作まで行う。知性・感性が相手と共鳴する関係を重視。
プロジェクトを見る