やらされる立場としては、地獄の時間です。
筆者も幾度となくそういった場に立たされてきましたが、決して得意ではないので、良い思い出はありません。
飲み会や歓送迎会、社員旅行などが見直されている昨今は、随分減ってきていると思いますが、
それでも、まだまだ根強く残る文化です。
基本的には、嫌がっている人に無理強いする行為そのものは、肯定されるべきではないと思いますし、
そのこと自体に議論の余地はないと思います。
ですが、筆者がこの記事で言いたいことは、社会的ハラスメントとは、別の話です。
限られた時間と緊張感の中で、自分をどう表現するか、という話です。
筆者がこのテーマを持ち込んだ背景を少しお話しします。
少し前に、とあるスポーツ強豪校の動画を目にしました。
総勢100人を数える部員や大人の前で、例によって1年生が一発芸を行っていました。
まだ、入学後まもなく、その環境に慣れていない中。
緊張で強張った顔で、全力で一発芸を行う子供達の様子に、心打たれるものがありました。
前段でお伝えしたように、その行為そのものの是非はさておき、注目したのはその内容です。
ここで、一例をご紹介します。
「一発芸やります!」
(人差し指を立てて、両手を頭の上に乗せて)
(勢いだけの極端な大声を出すことなく、最低限みんなに聞こえる声で)
「ちょっとずつ猛進」
誰もが知っている四字熟語を少し編集して、自分のこれからのスタンスに変換して伝えています。
おそらく、猪突猛進の真っ直ぐな姿勢が必要なことは理解しているけれど、
足元を見て、勢いだけではなく一段ずつ階段を登っていく所存です。
という意図を感じます。おそらくそこまで考えを整理した上で出てきた言葉ではないと思いますが、
自分のスタンスや考えを、まさに一発で表現していると思いました。
3年間つづく競争が激しい環境において、必死に自分の存在を知ってもらうために、
工夫を凝らした子供達に感銘を受けました。
子供達の一発芸、侮れません。
勉強になります。

その場の空気と戦いながら、説明する余地を与えられない「一発」という究極の制約。
そんな中で、清水寺から飛び降りる気持ちで放つ渾身の一発芸。
端的に伝えたい内容を伝えるという視点においては、我々の仕事も同じです。
誰にアピールするのか。どんなキャラクターでいくのか。端的でキャッチーな表現。納得と驚き。
決して笑いを取ること、目立つことだけが目的ではない。
仕事に置き換えると、考えさせられる機会になりました。
一発芸を「制約の中で伝える表現」として捉えると、プレゼン、ブランディング、クリエイティブにも通じるものがあります。
前述の子供たちの究極の100%LIVEに比べたら、説明する機会のある私は恵まれています。
私も、「一発芸思考」を取り入れながら良い提案に繋げたいと思いました。
視点によって、意見が交錯するテーマは多い。
我々の業界で言うと、クオリティと深夜残業の因果関係、極端な師弟関係などがそれに当たるかもしれません。
もちろん、理不尽を肯定する必要はないと思います。ただ、避けられない状況に立たされることは、現実にあります。
一発芸そのものを肯定したいわけではありません。ただ、一瞬で自分を伝える力には意味がある。
どうしても避けられない場面に立たされたとき、「意味があるのか、ないのか」ではなく、
「そこに意味をどう見出すか」と考えてみる。
それは、仕事だけではなく、学校でも、家庭でも、人との関係の中でも、必要な視点だと思います。
きっと本番の前夜には、「一発芸」という言葉で検索履歴が埋まっていた子もいたのではないかと思います。
翌朝も早い中で、どうすれば笑ってもらえるのか、どうすれば自分を覚えてもらえるのかを、必死に考えていたかもしれない。
そこにあったのは、笑いを取るためだけではない、目の前の状況にどうにか向き合おうとする時間だったはずです。
植村 徹
PRODUCER / PLANNER
クリエイティブエージェンシーでCI/VI、ブランディング、TVCM、Web施策などを経験。デザインシンキングや編集思考を用いたワークショップやファシリテーションを得意とし、ライフスタイル商材のブランディングワークを行なっている。
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