その言葉を目にした瞬間、絡まっていた糸の最初の一本を見つけたような感覚がありました。
湊かなえ先生の小説『落日』に登場する一節です。
……つい小説っぽく書き始めましたが、これは仕事にもつながる話です。
例えば商品について「価格が高い」と言われた。サイトから離脱した。どれも観測できる事実です。
けれど、その事実がその人にとって何を意味していたのかは、観測しただけでは分かりません。
「価格が高い」という言葉の奥に、「失敗したくない」という気持ちがあるかもしれない。
観測できる「事実」と、その人にとっての「真実」。
インサイトとは、この二つをつなぐものだと私は考えています。
湊かなえ先生の作品では、一つの出来事が複数の人物の独白や視点から描かれることがあります。
一人目の話を読んでいる間は、「なんと、そうだったのか」と納得している。
ところが別の人物の話に移った途端、それまでの理解が少しずつ崩れていきます。
悪いと思っていた人が、そこまで単純な人ではなかったり、正しいと思っていた人の言葉が、あとから急に怖く聞こえたりする。
以前サイン会に伺ったとき、湊先生は独白という手法についてお話しされていました。
脚本を勉強していた頃に「一人に長いセリフを話させない」というセオリーを知り、それなら逆に、一人が話し続けても面白い作品を書いてみようと思った。その発想が大ベストセラーの『告白』につながったそうです。
一人ひとりの内面を深く知るほど、その人を「分かった」気になるどころか、むしろ判断は難しくなっていきます。
たとえば「事件を起こした」という事実だけを聞けば、その人を強く責めたくなるかもしれません。
けれど、その人がどんな環境にいて、何を抱え、そこに至るまでにどんな時間を過ごしてきたのかを知ると、起きたことや責任は変わらなくても、出来事の見え方は少し変わります。
「自分が同じ状況に置かれていたとして、本当に違う選択ができただろうか」
そう考えると、簡単には答えを出せなくなります。
『落日』について湊先生は、報道や裁判記録に残された「事実」の背後にある状況や感情を想像し、「真実」に迫ることをフィクションの役割として語っています。
起きた出来事という事実は、ひとつです。
でも、それがその人にとって何を意味していたのかは、事実だけを見ていてもわかりません。
湊かなえ作品が「イヤミス」と呼ばれる、あの嫌な感じ。
それは、人間の弱さや矛盾を目の前にして、簡単に答えを出させてもらえないからなのだと思います。
読者はその余白に入り込み、自分なりの真実を探し始め、本を閉じたあとも考え続けてしまいます。

1985年、コカ・コーラは約20万人の味覚テストで「新しい味の方が好まれる」という結果を得て、99年続いた味を変更しました。
ところが消費者の強い反発を受け、わずか79日後に元の味が「Coca-Cola Classic」として復活します。
コカ・コーラ自身も後に、消費者とブランドとの「bond(結びつき)」を見誤っていたと振り返っています。
(出典:The Coca-Cola Company「New Coke」)
新しい味の方がおいしいと答えたことは、事実です。
でも、消費者にとってのコカ・コーラは、長く飲んできた時間や誰かと過ごした記憶まで含んだ「関係」でした。
企業が測っていたのは「味」。
消費者が失いたくなかったのは「関係」だったのです。
顧客の声を正確に聞くほど、顧客から遠ざかることがある。
とはいえ、これは「数字は信用できない」という話ではありません。
実際に変えてみたからこそ、見えていなかった愛着が表に出た。
コカ・コーラ社は後に、この出来事を「intelligent risks(知的なリスク)」の例として位置づけています。
表に出た言葉と、その奥にある願い。このズレには、私自身も向き合ったことがあります。
前職で、5歳から12歳向けの知育アプリの開発を担当していたときのことです。
こどもが求めるのは、楽しいこと。
親が求めるのは、学びにつながること。
同じアプリを見ていても、見ている景色が違いました。
親が「学力を伸ばしてほしい」と言うのは本当です。
でも、その奥にある願いは「この子に自分らしく幸せに生きてほしい」なのではないか。
学力が上がることは目に見える事実ですが、自分で考えて答えにたどり着いた経験こそ、その子にとっての真実になるのではないか。
そこで、アプリのコンセプトを「主体性を育むこと」に置き、次にやることを決めすぎないための、3つの仕掛けを設計しました。
① その子に合った問題を、レコメンドで「選択肢」として並べる。
② キャラクターからの連絡に、次にやることのヒントをそっと忍ばせる。
③ 箱庭ゲームと掛け合わせ、自分の行動で世界が変わる手応えをつくる。

その結果、以前の記事でも書いたように、1日の平均パズル回数は約2倍に。
何よりうれしかったのは、保護者の方からいただいたこんな声でした。
「諦めずに『やってみたい!』と自分で考えて、取り組む姿が見られるようになった」
いつかその子が大人になったとき、「このアプリで遊んでたな。懐かしい、大好きだったな」と思い出してくれたら、作り手としてこんなに嬉しいことはありません。
この経験は、今DBSでの仕事にもつながっています。
立場によって、真実は違う。
ブランディングでは、それぞれの真実を並べ、その中で重なる「共感」を見極めることが重要です。
DBSではこれを、代表・野口孝仁が提唱する「編集思考」として大切にしています。

(参考:野口孝仁『THINK EDIT 編集思考でビジネスアイデアを発見するための5つの技術と10の習慣』Amazonで見る)
今はAIに顧客データを渡せば、説得力のある「真実らしい答え」がすぐに返ってきます。
実際の人に聞く代わりに、AIに「この属性の人ならどう答えるか」を推定させる「silicon sampling」という考え方まで出てきました。
ただ、Pew Research Centerは、AIによる推定は集団をステレオタイプ化し、意見のばらつきを小さく見積もりやすいと指摘しています(出典:Pew Research Center)
「共働きの30代なら、料理には時短を求めているはず」。平均としては正しくても、目の前の一人がその通りとは限りません。
週末だけは、時間をかけて料理すること自体を楽しみにしている人もいます。
むしろ「普通ならこうするはずなのに、なぜこの人は違ったんだろう」というところに、その人固有の理由が隠れています。
一方で、デロイト トーマツの2026年度の国内調査では、20代の35%がAIで商品やサービスの情報収集をするものの、すべての商品カテゴリで最も多かったのは「自分で選び、自分の直感で購入を決めたい」という層でした。(出典:Deloitte 消費者意識・行動調査)
人は提案は求めても、最後の判断までは渡したくないのです。
ブランドも同じです。
言葉やビジュアルを丁寧につくり込むことは欠かせません。
ただ、先回りして感情やすべてを表現・説明しきってしまうと、受け手が「これは自分の話だ」と入り込む場所がなくなってしまう。
だからこそ、何を言い切り、何を受け手に委ねるのか。
その設計まで含めて考えることが、ブランディングなのだと、湊かなえ先生の小説から学びました。
余白とは、伝えることを諦めることではなく、受け手が意味づくりに参加できるきっかけなのです。

「価格が高い」と言われたとき、その言葉をそのまま値下げの理由にするのか。
それとも、その奥にある「失敗したくない」という気持ちに目を向けるのか。
数字も、人の言葉も、AIの仮説も、どれも必要です。
ただ、そのどれか一つを「真実」だと思わない。
そして、「真実」なんてものは、誰にもわからないんです。
けれど近づくことはできる。
「かもしれない」と考え続けることが必要なんだと思います。
事実から仮説を立て、確かめ、また事実に戻る。
その繰り返しの中で、真実に近づけたとき、
はじめて人の心が動き、共感が生まれるのだと思います。
『落日』のあの一文を読むたびに、私はそんなことを考えます。
佐藤 愛
Producer / UX Planner
デザイナー、アートディレクターとして広告・プロモーションなどのクリエイティブ制作を経験。その後、アプリゲーム会社にて企画、UI/UX設計、ブランディングなど、サービス開発を担当。現在はDynamite Brothers Syndicateにて、デザインと事業の視点を行き来しながら、ブランドやサービスの体験づくりに携わっている。