ビジネスでは、なにかと根拠を求められやすい。
ただ、ヒットしているブランドや深く愛されるアーティストなどは
世に出る前に、だれもが納得するようなエビデンスをがあったのだろうか。
むしろ、メインストリームの延長線上にないほど枠をはみ出し、
エビデンスを出せないようなもの(もっというと、賛否の「否」が強いもの)、
そして、だれかの強烈な想いがあるもの方が、強く愛されるのではないか。
そう考えることが増えており、3つの事例から考えてみたい。

気候、生産者の負担、消費者の意識、国の政策、流通の仕組み…。
「日本でオーガニックは流行らない」と言われている。
実際に、日本の有機野菜の取り組み面積は、全耕地面積の0.6%※1。
そんな状況下、2019年に人口4万人弱※2の長崎県雲仙市で生まれたのが
自家採種の在来種野菜を軸にしたオーガニック直売所「タネト」だ。
店内に並ぶ野菜は、半径20kmで育った農薬・化学肥料不使用のものだけで、
コンセプトは生産者、地域の人、料理人、観光客が混ざっていく「地域の井戸端」。
タネトの出発点には、大きく2つの想いがある。
オーガニック野菜は都市でしか売れないという固定観念から
生産地・雲仙市ではほぼ購入できなかった状況を変えたい、ということ。
そして、日本の在来種野菜を守り継ぎたい。
その場所には、地元の農家や生活者、全国から共感する人が集まり、
いつもお客さんで賑わっている。店内のだれもが、愛着をもってそこにいるように見えるのも印象的だ。
店主の奥津爾さんは「予算もあまりなく、コネもない。
正攻法で依頼していることも関わらず多くの方が協力してくれることに驚いている」とイベントで話されていた。
実際、タネトが開くイベントには解剖学者の養老孟司さん、ファッションデザイナーの皆川明さん、
料理人でアーティストの野村友里さんをはじめ、著名な方々が全国から駆けつけ、
2023年には、グッドデザイン賞のグッドフォーカス賞 [地域社会デザイン]を受賞するなど多くの人を魅了している。

J-POPのヒット曲といえば、恋愛や応援歌が主流。
そんななか藤井風が歌ったのは、ハイヤーセルフ、死生観、
執着からの解放、総じていうと壮大な人間愛だ(応援歌がないわけではないのだが)。
23の国と地域でSpotifyバイラルチャート1位を獲得し、
世界的バイラルヒットを果たした楽曲「死ぬのがいいわ」。
その歌詞に「あたしの最後はあなたがいい/あなたとこのままおサラバするより
死ぬのがいいわ」「三度の飯よりあんたがいいのよ」とあり、
一度聴くだけでは昭和歌謡のような狂おしい情愛の歌にも聴こえるが
自分自身とハイヤーセルフとの対話なのだ。
2020年のコロナ禍には、楽曲の死生観がテレビ朝日系「報道ステーション」で取り上げられており
地上波テレビへの初出演(2020年9月)・初生演奏(2021年3月)の場が
平日22時の報道番組となり、エンタメ番組を見ない人たちにも
時代を反映する特別なアーティストと印象づけられた。
(2020年の報道ステーションで紹介された楽曲「帰ろう」のYouTubeには、
ミュージックビデオに対するコメントとは思えないものが数多く並んでいる)
活動方法も、昭和・平成のJ-POPの王道ルートだった大型タイアップや
地上波テレビの音楽番組でのプロモーションに頼らず、自身のルーツであるYouTubeを中心に活動。
2021年9月のコロナ禍には、日本最大級の規模を誇る日産スタジアム(収容人数7.2万人)で
天然芝にピアノが1台というシンプルな演出で無観客ライブを行い、
YouTubeで配信している。当時、大勢が集まるイベントだけでなく、
外出すら許されなかった社会のムードで行ったライブは
国内外の人たちが約18万人同時視聴し、多くのニュースで取り上げられていた。
いずれも、会議で話してもなかなか通らなそうなものだが、
それでも功を奏したのは、自分にとって何が大事なのかを考え抜いた楽曲や
プロモーションだったからだと考えている。(もちろん、本人の実力があってこそなのだが)

突然新しいことを提案したわけではないが、村田珠光、武野紹鴎の流れを汲み、
禅の精神や質素を重んじる侘び茶を大成させたのが千利休。
当時の茶の湯は、権力を誇示する政治の道具でもあり、求められたのは由緒あるもの、豪華絢爛なもの。
その最たるものが、信長による名物道具の蒐集(いわゆる名物狩り)、秀吉がつくった黄金の茶室だろう。
そんななか、千利休が打ち出したのは、限られた空間や質素な道具にこそ
無限の美と精神の豊かさが宿るという美意識だ。
そして、茶室に入れば権力や上下関係から解放されるシステムをつくりあげた。
たとえば、京都の瓦職人だった長次郎に、装飾性を極限までなくした真っ黒な樂茶碗をつくらせ
お金や権力では買えない独自の精神価値を示し、魚籠や青竹といった日常品は茶室の花入れや茶道具に昇華させている。
さらに、どんな身分の人も頭を下げ、刀を置かないとくぐれない「にじり口」で、
茶室ではどんな階級であってもだれもが平等になるためのゲートを設置した。
つまり、戦国時代に”だれもが平等で、平和的な場”を提案したのだ。
もちろん、根拠がいらないという話ではない。
ただ、今回紹介したものは、根拠が揃うまで待っていたら、世に出なかったかもしれないのではないか。
3つの事例に共通するのは、エビデンスというよりは
「わたしはこういう社会をつくりたい(こんな社会になってほしい)」という投げかけ。
つまり、自分が心からいいと思うものを信じて、世の中に出す勇気が何もよりも必要なのではないだろうか。
ある企業の代表が、プロジェクトの着想について質問されていたとき
「(クライアントさんから川上の仕事を依頼されることが多く、
相手も方向性が決まっていないフェーズでご依頼いただくので)
自社事業でもクライント業でも『僕があなたなら、これをしようと思う』
という内容を提案をしています。客観的なべき論よりも、私があなたなら、このブランドなら、
この担当者ならというスタンスでやっています」と言っていた。
いまの価値観に、常識に、流行に。
「私は、こう思う」という強い意志を打ち出してみる。
時代に合わせるだけではなく、その背景と違和感があるほど
際立ち、魅力的に見えてくるのではないだろうか。
※1 農林水産省「みどりの食料システム戦略に基づく取組の進捗状況」2020年
※2 長崎県雲仙市公式サイト“令和7年国勢調査 雲仙市人口等の確定値“
山口 明希子
COPYWRITER
言葉を軸に、企業の広告やキャンペーン、新商品や新施設の立ち上げ、自治体の広報・コミュニケーションなど幅広い領域を経験。ネーミング、コンセプト開発、伴走支援などを通じて、クライアントとひと・まち・社会のよりよい関係を模索している。共生をテーマにした著書『みんなが心地いい社会って、なんだろう』を刊行予定。
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