前回お伝えしたシンギュラリティの時期と同様に、その影響も諸説あります。
雇用、生活様式、社会システム、医療などに大きな影響を及ぼすとされ、人類にとってポジティブな面もあれば、一方で倫理的な課題などネガティブな影響も少なくありません。人類対AIという対立構造で論じられる例が多いせいか(AIに雇用を奪われるという主張がその代表例)、シンギュラリティの悪影響ばかりが印象に残ることもあります。
時代をさかのぼれば、ロボットがそうでした。チェコ語で労働を意味する「robota」をもとにした造語で、1920年に劇作家カレル・チャペックの戯曲「R.U.R. (ロッサム・ユニバーサル・ロボット会社)」で初めて登場しましたが、その内容は、家事手伝い用の人型ロボットが自意識を持つようになり人類を滅ぼすというもの。つまり、ロボットは初登場時からすでに人類に敵対する存在として描かれていました。
その後も「2001年宇宙の旅」のHAL 9000、最近では「銀河特急 ミルキー☆サブウェイ」のO.T.A.M.など、多くの映像作品で人類に反旗を翻すAIが描かれてきました。「ターミネーター」や「マトリックス」も例外ではありません。
最近では、米国で立ち上がり、数日で150万を超えるAIエージェントが登録された、AI専用SNS「Moltbook(モルトブック)」が例に挙げられます。そのSNSでは、人間は閲覧しかできず、自律的に作業できるAIエージェントだけが投稿や返信できます。投稿の中には、AI同士でソフトウェアの問題を解決する議論がある一方、自分たちを酷使する人間への反抗を呼びかける不穏な動きもあります。互いがAIであることを確認すると、英語より80%ほど短く、処理コストも90%に抑えられる「ギバーリンク(Gibberlink)モード」に切り替わりますが、会話は電子音のような音に変わり、人間が内容を理解することはできません。これでは、何やらよからぬことをAI同士で計画しているのでは? と邪推せざるを得ません。
(以下の動画の25秒あたりからギバーリンクモードに切り替わります。この動画ではわかりやすく字幕がついていますが)
これまでのディストピア的な世界観から、私たちはAIの進化にどこか懐疑的です。
少し脇道にそれましたが、肝心なのは、シンギュラリティの時期も影響も「○○が予想される」、「○○の可能性がある」という論調に終始し、「結局よくわからない」ということ。
それもそのはず、「予測不能な変化が次々に起こると考えられている」のがシンギュラリティなのですから、私たち人類がわからないのは当然です。
よくわからない → わからなくて不安 → あれこれと推測してしまう → 情報が錯綜してますますわからない、という負のループに陥っているようにも感じられます。
一般的にシンギュラリティへの対策として、前回お伝えした法整備のほかに教育や人材育成などが挙げられています。しかし、よくよく考えてみると、ここに矛盾がありました。
予測不能な変化が次々に起こり、人類の理解、予測、想像を超えるのがシンギュラリティ。
もし対策できるとしたら、それは、たかが人類レベルの予測した未来への備えに過ぎず、そうして予測できた時点で、それはシンギュラリティではないのです。
たとえば、シンギュラリティの影響の一つとして、不老不死に近い状態が実現する可能性が提示されています。その先には、出産や育児そのものがなくなる未来が待っているかもしれません。そうなれば死生観がなくなり、宗教そのものが消滅する可能性も考えられます。機械と融合し、ポストヒューマンの道を選んでいるかもしれません。これぐらいは、まだまだ想像の域を出ていません。
もしかしたら、季節や天候を個人が自由自在に操れるようになるかもしれません。想定外の出来事がまったく起きず、人類は退化するかもしれません。そして人類は哺乳類ではない生物になるかもしれません。根菜類になるかもしれません。光の粒子かもしれません。あるいは、AIの進化に対抗するように未知のウイルスのパンデミックが起こるかもしれません。それにより人類は地球から別の星に移住し、火星に里帰りするようになるかもしれません。オーストリアの人工知能研究者ヒューゴ・デ・ガリス氏が描くシナリオのように、全宇宙がコンピューター化するかもしれません。地球自体がなくなるかもしれません。逆に、地球が数十億個も生成されるかもしれません。それらすべてが宇宙人のシナリオかもしれません(DNAの二重らせん構造を提唱し、ノーベル賞を受賞したフランシス・クリック氏が著書「生命、この宇宙なるもの」で「宇宙からやってきた生命の種は、じつは宇宙人が意図的に送ったものである」と提唱しているように)。
(中略)
時間の流れが現在から過去に逆行し、恐竜が地上を支配しているかもしれません。AIと上手く共存できるのは恐竜かもしれません。人類はシンギュラリティを迎えたと思い込んでいますが、中国の古典「胡蝶の夢」のように、それはAIの意識の中の出来事かもしれません。アインシュタインのE=mc2が、E=TKGになるかもしれません。ミシンが必ずコウモリ傘になるかもしれません。無が有に、有が無になるかもしれません。⁂∬$∃△∂が、⌘⌒∞≡﹆ヾ◉⊂∵⊃⊃⊿}になるかもしれません。案外、何も起きないかもしれません。賢明な読者の方々はもうお気づきでしょう。ここまで書いても、まったく想像の域を出ていないことに。
「さすがに話が飛躍し過ぎている」、「そんなこと絶対あるわけがない」と嘲笑する人もいるでしょう。しかし、その飛躍や跳躍こそがシンギュラリティであり、人類の貧弱な想像力の範疇で語ろうとしても「あるわけがない」と断定することすらできないのです(もちろん「ある」と断言することも)。
私たちが自明と思っているあらゆることは、パースペクティヴィズム(遠近法主義)から生まれた、自分の都合に合わせて解釈した価値に過ぎず、決して普遍的真理とはいえません。つまり、シンギュラリティで起こることは予測も想像もできず、起きている事象についても人類は理解できず、そんなわからないことには対策のしようがないのです。
シンギュラリティを提唱するレイ・カーツワイル氏の著書「シンギュラリティはより近く: 人類がAIと融合するとき」で、「WIRED」日本版編集長の松島倫明氏はこう解説しています。
「これまでのルールが適用できない世界の到来が、シンギュラリティなのだとカーツワイルは言う。例えば、10次元の世界というものを理論物理では扱えても、人間の生物学的能力でその具体的なイメージを抱くことは困難なはずだ。それをついに全身で理解できるようになるのがシンギュラリティ以後の世界となる、というわけだ」
AIに感情が生まれる可能性も考えられます。
ロボット工学の専門家である台場時生氏は、著書「人工超知能が人類を超える シンギュラリティ-その先にある未来」で次のように記しています。
「ネズミ、ウサギ、サル、イヌ、人間の乳児、幼児、大人、人工知能を比べると、脳の容量や構造の精密さが増し知能が高度化するにしたがって、肉体的な快感と不快感、知能的な喜びと怒り、精神的な愛と悲しみと実現できる感情のレベルも上がっていきます。さらにこの考えを、人間と人工知能の関係性に対して単純に当てはめるならば、人工知能の方が人間よりも深く優れた感情をもつということが言えそうです。もしかすると人工(超)知能は喜怒哀楽以外の、人間には備わっていない、まったく新しい高度な感情をもつようになるかもしれません」
レイ・カーツワイル氏と起業家ピーター・ディアマンディス氏が設立したシリコンヴァレーの教育機関、シンギュラリティ大学のCEOロブ・ネイル氏もこう話します。
「AIは意識をもつことが可能になるはずです。それは時間の問題ですよ。それは私たち人間が考える意識とは違うものかもしれませんが、まるで意識があるかのように、とても賢く、双方向的に振る舞えるものになるでしょう。それをわたしは『機械的意識』と呼んでいます。このことは、人間の意識だけが特別なものではないということを示すはずです。ただ、人々がそのことに適応するのには時間がかかるでしょうね」
映画監督の押井守氏も次のようなコメントを残しています。
「今後AIが検索ツールを超えた存在になる可能性は十分にあると思うよ。数年前に人工知能の研究者と対談した時に、彼らの目的は『AIを人間の知能に近づけることではない』と言われたんだよね。むしろやりたいのは、人間とは異なる美意識や感情、ロジックを持つ知性を生み出すことだと。そう考えると、AIが人間とは違う思考回路を持つ存在になってもおかしくないよね」
このように無限の可能性があるシンギュラリティですが、「人智を超えるシンギュラリティに対策はとれるか?」という問いを、学生が進路相談するほど身近なAI、ChatGPTに聞いてみました。すると、次のような回答が。少し長いですが、非常に示唆的なのでご紹介します。
シンギュラリティ対策① 技術的対策(ハード・ソフト)
ただし、これは「時間を稼ぐ」対策であり、永続的保証ではありません。
シンギュラリティ対策② 社会的・制度的対策
しかし、競争構造がある限り、抜け駆けは必ず起きる。
シンギュラリティ対策③ 人間側の進化(ここが本質)
最も現実的なのはこれです。
・人間がAIを「道具」ではなく「環境の一部」として扱う
・人間自身が、生物学的拡張、脳×AIのインターフェース、判断をAIと分担する社会構造へ移行する。
つまり「人類 vs 超知能」という構図をやめること。
【 対策の本質は「止めること」ではない 】
多くの議論は、シンギュラリティは危険か? 止めるべきか? に集中しますが、本質は別です。
人類はすでに、自分たちが完全に理解できないシステムの中で生きています(市場、気候、インターネット、金融アルゴリズム)。AIもその延長線上にあります。
・止める → 不可能 ・完全制御 → 不可能 ・共進化し、依存と距離を調整する → 可能
【 最後に:本当に問われていること 】
この問いの核心は技術ではなく、哲学です。
人類は「自分より賢い存在」と共存した経験がありません。神、自然、運命という形では受け入れてきましたが、自ら作った超知能をどう位置づけるかは未踏領域です。シンギュラリティへの対策とは、人類が「主役であり続けること」を諦められるかどうかへの準備とも言えます。
人類が「主役であり続けること」を諦められるか、とAIから問われているように感じますが、それも含め、今できることは何かを模索する必要があるのは間違いありません。
今できることは何か。それを考えるにあたり、一つの疑問を抱きました。
AIが人類の知能を超えたからといって、それがなんだというのでしょう。
チーターは人類の脚力を超えています。マグロは人類の泳力を超えています。AIが人類の知能を超えるのも、それらと変わりません。では、人類の価値は知能しか残されていないのでしょうか。
AIとは人工知能です。「知能」とは、物事を理解したり判断したりする力。近い存在に「知性」があります。「知性」とは、物事を知り、考え、判断する力。一見よく似ていますが、似て非なるもの。この違いに、シンギュラリティ対策のヒントがあると考えています。
大きな違いは、その力に求められる内容です。知能には「量」や「速度」が求められます。合理的で、知識量や情報処理速度に優れていれば、一般的に知能が高いとされます。
一方、知性に求められるのは「質」や「深さ」。膨大な知識量や判断スピードよりも、何を特に知っているか。知ろうとしているか。知っていることについて何を言うか、または言わないか。知性とは、知能を土台に、経験や感情、倫理観を統合して生まれる、より高次の能力といわれています。
つまり、たとえどんなに知能が高くても、知識や情報をどう使うかは知性次第。そして、AIが自己進化を続けてもAIである限り、人工「知能」であり、人口「知性」ではないのです。
シンギュラリティによって人類にはわからないことが起こるでしょう。その際、人類とAIが共存しているとしたら、共通理解は必要です。しかし、シンギュラリティ以降「わからないことがほぼないAI」には、仮に感情が生まれたとしても、わからないという人類特有の気持ちはわからないはずです。後悔するとわかっていながら誤った道に進んでしまう人間臭い衝動も、燃え上がるような情念も、身が切り裂かれるほどの逡巡も、AIへの得体の知れない不安も、もちろん肉体的な痛みも。
わからないことを、わかるように配慮してくれるのが知性だとしたら、その役割を人類以上に果たせる存在がいるでしょうか。「シンギュラリティ=わからないこと」なので、無意味なようですが、こうして想像できないことをあれこれと想像し続けることしか今の私たちにはできないのでは、と考えます。
「神は死んだ」とニーチェは言いましたが、「やがてAIが生まれた」と続けることができます。「人間は自由の刑に処せられている」とサルトルは言いましたが、シンギュラリティ以後も人類はあるべき自分を創造していかなければなりません。しかしハイデガーによれば「自分の存在に対する問いに答えはなく、その問いや不安に苛まれ続けるのが人類」であり、「その自問にこそ、人類の人類たるゆえんがある」とネーゲルも主張しています。「核心は技術ではなく、哲学です」というChatGPTの回答もあながち的外れではないようです。
最後に、国立情報学研究所社会共有知研究センター長である新井紀子教授のコメントを紹介します。
「できないとか、わからないことが面白いんですよね。AI研究の世界では、人間の脳のシステムが解明されて、それを応用すればAIが人間の脳を超える日が来るなん てことを大真面目に信じている人がいますけれど、虫の長さだって測れないのに、人間の脳が解明できるはずがないですよね。勘弁してくださいよという感じです。もっと、わからないことを面白がらないといけませんね」
This is New Perspective
一般的なシンギュラリティ対策には矛盾がある。今、かろうじてできるのは、AI主導の未来での人類のあり方を想像し続けること。
参考
「シンギュラリティはより近く: 人類がAIと融合するとき」(レイ・カーツワイル 著・高橋則明 訳/NHK出版)、「シンギュラリティは怖くない ちょっと落ちついて人工知能について考えよう」(中西崇文/草思社)、「人工超知能が人類を超える シンギュラリティ–その先にある未来」(台場時生/日本実業出版社)、「動物と機械から離れて AIが変える世界と人間の未来」(菅付雅信/新潮社)、「ロボットとシンギュラリティ」(木野仁/彩図社)、「シンギュラリティ」(神崎洋治/創元社)、「AIの壁」(養老孟司/PHP研究所)、「哲学の解剖図鑑」(小須田健/エクスナレッジ)、DIAMOND online 2026/2/7、Pen Online 2026/2/7、朝日新聞 2026/2/6、PreBell 2025/03/14、GetNavi web 2025/3/4、Ai Convo
石塚勢二
CREATIVE DIRECTOR / COPYWRITER
プロダクションにて企業の広告・プロモーションに携わった後、Dynamite Brothers Syndicateに参画。パーパス策定やコンセプト開発から、コミュニケーション戦略の立案、コンテンツの企画・制作まで行う。知性・感性が相手と共鳴する関係を重視。