マーケティングや人材育成の場で使われる、マズローの欲求5段階説。三角形の図の下から順に欲求が生まれるとされていますが、時と場合によってはそうとは限らないと私は考えています。それが「現代日本では逆三角形説」です。
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すでにご存じの方は読み飛ばしてください。
アメリカの心理学者アブラハム・ハロルド・マズロー(1908-1970年)は1954年に「自己実現理論」(Maslow’s hierarchy of needs)を提唱。人間の欲求を5段階に分類し、低次元の欲求が満たされたら高次元の欲求を満たすため行動すると唱えました。
現代の日本人も、実際はマズローの説のように欲求を満たす行動をとっているでしょう。しかし、私たちの意識レベル、つまり「欲求を自覚したうえでとっている行動」という点では、逆三角形構造になっているというのが今回の説です。
マズローの説とは、欲求それぞれの面積と、生まれる順番が異なります。マズローの説で最大の面積を占めるのは生理的欲求で、最初に生まれるとされています。一方、現代日本で最も大きいのは自己実現欲求で、それが最初に生まれると考えています。理由は次の通りです。
【生理的欲求、安全欲求、社会的欲求が満たされやすい環境だから】
日本は治安が良く、憲法で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が保証されています。また、就学率・就職率が高く、多くの日本人が幼少期から何らかの組織に属しています。そのため、生理的欲求、安全欲求、社会的欲求は、海外に比べて満たされやすいでしょう。欲求はあるが、瞬時に満たされやすいため、何かをしたいという感情を強く自覚する機会がほぼない、といったほうが正確かもしれません。もちろん貧困や孤立といった社会問題はありますが、今回はそれらを抱えていない人々に限った話です。それらの欲求の面積は小さく、順番も後になります。
【SNSの普及で承認欲求が刺激されたから】
SNS以前から人間には承認欲求がありました。しかし「いいね」やフォロワーの数、チャンネル登録者数、再生回数などの明らかな数値によって、私たちは他人に認められる喜びを覚えました。一度その快感を知ったことで、承認欲求に拍車がかかったといえるでしょう。反対に、他人より数値が低かったり、以前より数値が伸び悩んでいたりという承認欲求不満の状態も、欲求が高まる要因と考えられます。三角形の面積は大きく、順番は先になります。
【コロナ禍に自己実現欲求が生まれたから】
コロナ禍は、私たちのライフスタイルや価値観を大きく変えました。近年これほど一人ひとりが、健康や命と向き合う期間はあったでしょうか。感染拡大によって安全欲求が、またリモート増加によって社会的欲求が高まりましたが、特徴的なのは、これまで意識しなかった自己実現欲求が、ステイホームをきっかけに生まれたことです。このままの生き方でいいのか、理想は何かと自分を見つめ直し、ある人は生活の拠点を移し、ある人は以前からの夢に再挑戦しました。三角形の面積は大きく、順番は先になります。
ちなみに「ブリタニカ国際大百科事典」は「自己実現欲求は,人間の物質的欲求が充足されたあとに発現する欲求である。したがって豊かな社会においては,この自己実現欲求が人間の重要な行動動機であると考えられている」と記しています。
SNS全盛の時代だから承認欲求が第一では?と思う人は少なくないはずです。しかし「映え疲れ」がささやかれ、終わりなき〝映えのレース〟にそもそも参加しない人も増えてきているようです。海外ではすでに、リアルな投稿をコンセプトにした、映えないSNSアプリがダウンロード数1位を記録しています。盛らないプリクラも登場しました。見栄を張らず、ありのままの自分で他人とつながる兆しが見られます。
他人に認められる喜びがゼロになることはありませんが、それ以上に、自分らしさを大事にしている時代へ移行しつつあると考えられます。
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メタバース
マズローの説は、その人は今どんな欲求が満たされていないか把握し、最適解をパーソナライズするという方法で活用されています。逆三角形になってもパーソナライズが重要なのは変わりありませんが、重視すべきは「その人は今どんな欲求が満たされていないか」よりも「その人はこれからどんな自分になりたいか」。相手が何を理想としているか察知して、すばやく応える(応えられると発信する)こと。多くの人が生き方を見直す傾向にある今の時代は、それが必要です。
This is New Perspective
現代の日本で一番に意識されるのは自己実現欲求。まずそれを満たすことが大切。
石塚 勢二
COPYWRITER
広告制作会社で多くの企業の広告、プロモーションに携わった後、入社。コピーライティングに限らず大局的な視点に立ち、ブランドのコンセプト開発からコミュニケーション戦略の立案、動画・音声コンテンツの企画・シナリオ設計まで行う。