メニューにはないステーキが食べたいというわがままな注文をキッチンにお願いするホール担当。お客からナッツアレルギーがあることを共有されているにも関わらずいつも通りのナッツの入ったドレッシングをサラダに使ってしまうサイドディッシュ担当。適当に食器を洗うアルバイト。そんな状況と多忙な環境に昇給の交渉をしながら働くセカンドシェフ。これは先日観た映画のお話です。
ロンドンの有名レストランの一年で一番忙しいクリスマスの1日を客、キッチン、ホールのそれぞれの人間模様を一台のカメラで撮影した映画『ボイリング・ポイント』。カメラワークのライブ感もありリアリティーは凄かったです。聞くところ、これはフィクションだがレストラン業界あるあるらしい。
この映画に出てくるレストランは美味しい料理を出すことで人気はあるようですが、マネージメントされていないのでチームワークがありません。忙しさと非効率で悪循環になり、誰も幸せそうに働いていませんでした。
以前私が行ったレストランではこの映画とは真逆な印象だったことを思い出しました。
一つのテーブルに2人のホール担当が同時に料理を運び、蓋を一斉に開け、そのうちの1人のスタッフが料理の素材や調理法を丁寧に自信を持って伝えてくれました。ワインを注ぎに来た時に感想を伝えると、とても喜んでいました。料理の素材に合わせたワインも説明してくれ、コースを食べ終わった後に、どれも美味しかったがデザートが特に見た目にも美しく美味しかったと告げると、シェフとパティシエが挨拶に来てくれました。また帰りにキッチンを見学させて頂きましたが、もちろんゴミ一つなくとても清潔で、逆に綺麗すぎて本当にさっきまで忙しく料理をされていたのか疑いたくなるくらい完璧に掃除されていました。そこには幸せそうに誇りを持って働くスタッフの姿が。最初から最後まで一つの完成された美しいハーモニーのように感じました。
ハーモニーはリレーションシップが出来ていないと成立しないし、リレーションシップには良いマネージメントが必要です。美味しい料理を調理するキッチン。それを誇りを持ってお客さんに提供するホール。メイン担当、サイドディッシュ担当、デザート担当は自分の担当以外の料理も把握してコースを一つの物語として捉えている。タイミングも周りの動きを感じながら阿吽の呼吸で合わせる。更にお客さんも食べる事に敬意と楽しみを持っていればそれは良いレスポンスとなり、好循環となるのです。
美味しい料理があるだけでは良いレストランは成立しません。それはレストランに限らず全てのチーム、組織、会社にも同じことが言えます。
大切なのはお互いをリスペクトし、信頼するリレーションシップ。間を合わせること、先を読むことが必要不可欠だという意識です。
だが経験上、リレーションシップはそう簡単ではありません。相手を思いやる気持ちが無いわけでは無い。上司や部下に自分にはない良さがあることもわかってはいます。個の力よりチームの力の方がより良いパフォーマンスに繋がる。理解はしていても、忙しくなるとまわりが見えなくなり自分の責任感だけに集中してしまった経験がある方も多いのではありませんか?
良いチームワークとはどの様につくられるのでしょう。最初から全員の意識を変えることは難しいです。まずはそのチームのリーダー意識から変えていくことを薦めます。
リーダーをオーケストラの指揮者に例えてみます。指揮者の位置は全員が見渡せる中心です。全員の様子が把握でき、各パートの間も頭に入っています。それぞれの調子の良し悪しを理解していればポテンシャルも引き出しやすいのです。この演奏を良いものにしたいと言う熱意もあり、ディティールまで徹底的にこだわります。違う方向に行くものがいれば、イメージを共有できるまで伝え、丁寧に辛抱強く皆を鼓舞するのです。
指揮者は楽器もなく何もできない事を誰よりも自覚していれば、チームの力が必要になり必然的にリーダーシップとしてのマネージメントを実行します。最初に自身が何も出来ないと理解することが重要なのです。さらに大事なことは、ただ演奏するだけではなく、どのようなイメージを観客に伝えたいか。唯一の瞬間を作りたいと願えば、さらに最高のマネージメントをしなければなりません。
ヨーロッパの街中のとある壁を修復している職人に、通行人が何をしているのかを尋ねる。ある職人は塀をなおしていると答え、またある職人は世界遺産を守っていると答えると言う、ビジネス書の有名な例え話があります。どちらが幸せな職人なのかは明白です。リレーションシップがあるマネージメントはチームで仕事をする上で必要不可欠です。
スタジオジブリの鈴木プロデューサーは何があっても常に宮崎駿監督の味方をすると聞いた事があります。まさに究極の信頼関係。
うちは9月から25期がスタート。私は高校時代はラグビー部に所属していてOne for all, All for oneでチームワークを作っていました。その頃を思い出して、今期は会社を最高のリレーションシップにしたい。手始めに社内に自分の席を作ってみました。
野口 孝仁
PRESIDENT & CEO / CREATIVE DIRECTOR
1999年、株式会社ダイナマイト・ブラザーズ・シンジケート設立。「ELLE JAPON」「装苑」「GQ JAPAN」「Harper’s BAZAAR日本版」「東京カレンダー」「FRaU」など人気雑誌のアートディレクション、デザインを手がける。現在はエディトリアルデザインで培った思考を活かし、老舗和菓子店やホテル、企業のブランディング、コンサルティングなど積極的に事業展開している。 著書「THINK EDIT 編集思考」(日経BP) 講師宣伝会議「アートディレクション養成講座」「編集物ディレクション講座」「デザインシンキング実践講座」など多数