最近、デザイン会社の役割について考える機会が増えました。
生成AIが当たり前のように使われるようになり、マーケティング担当者がAIで方向性を探り、ブランド担当者が内製で案をつくる。そうしたことも、もう珍しくありません。
では、制作物をつくるハードルが下がった時代に、デザイン会社の価値はどこに残るのか。
この問いは、「AIに仕事を奪われるのか」「デザイナーは不要になるのか」というAI脅威論の話になりがちです。もちろん、その見方もわかります。
しかし、ここで少し視点を変えてみたいと思います。
デザイン市場そのものが縮小しているというより、企業がデザインに求める価値の重心が変わっているのではないか。そう捉えると、いま起きている変化が少し違って見えてきます。
ロゴをつくる。Webサイトをつくる。広告ビジュアルを考える。パッケージをデザインする。そうした制作の価値がなくなるわけではありません。企業やブランドの印象を左右するという意味では、これからも重要です。
ただ、それだけがデザイン会社の価値として評価される時代ではなくなってきている。
この変化を考えるとき、デザイン業界をひとつの市場のように見てみると、少しわかりやすくなります。
たとえばIT市場では、主役がパソコンからWebへ、Webからスマートフォンへ、スマートフォンからクラウドやSaaSへ、そしてAIへと移ってきました。もちろん、パソコンが消えたわけではありません。Webも、スマートフォンも、今も必要です。
ただ、市場の中で「どこに期待が集まるか」は変わってきた。
デザイン業界にも、これに近いことが起きていると言えます。
市場は広がっている。
変わっているのは、主役銘柄だ。
ここでいう「銘柄」とは、個別の会社名ではありません。その時代に企業から期待され、選ばれてきたデザイン会社のタイプであり、デザイン価値の重心のことです。
日本のデザイン市場を振り返ると、企業がデザインに求める価値は少しずつ変わってきました。ちなみに、ここで言いたいのは、厳密なデザイン史ではなく。どの時代に、企業や社会がどのようなデザインの価値を求めてきたのか。その大きな流れであることをご了承ください。
戦前期の中心にあったのは、商業美術や広告表現です。商品を魅力的に見せ、ポスターや雑誌を通じて時代の空気を視覚化する。デザインは、消費を生み出す表現技術として大きな力を持っていました。
戦後復興から高度成長期にかけて、デザインは産業へと広がっていきます。製品の使いやすさ、品質感、国際競争力。たとえばキッコーマンの卓上しょうゆ瓶のように、プロダクトの形そのものがブランドの記憶になる時代が生まれました。1964年東京オリンピックのポスターに象徴されるように、グラフィックは日本の近代性や社会の空気を示す役割も担うようになります。
成熟経済期には、企業イメージやCIの価値が高まります。企業は、商品単体ではなく、自社が社会にどう見られるかを意識するようになりました。デザインは、企業の顔をつくるものになっていった。
1990年代以降、Webとデジタル接点が広がると、デザインは見た目を整えるだけでなく、情報を整理し、顧客の行動を設計するものになっていきます。さらに2010年代以降は、UX、CX、サービスデザイン、デザイン経営といった言葉とともに、経営や事業の近くで語られるようになりました。
こうして見ると、デザインは「見た目を整えるもの」から、「人がブランドに触れる体験を設計するもの」へと広がってきたことがわかります。
ただし、これまでの価値が消えたわけではありません。表現も、プロダクトも、CIも、Webも、UXも、今も必要です。変わったのは、企業が強く求める価値の比率です。

[図:デザイン市場の地層型成長モデル]
つまり、過去の銘柄が上場廃止になったのではない。
市場の中で、組み入れ比率が変わってきたのである。
表現という銘柄は、今もちゃんと持っておきたい。
ただ、そこに全額投資する時代ではなくなりつつあるのです。
生成AIによって、誰もがある程度“それらしいもの”をつくれるようになるかもしれません。
これは、デザイン市場にとって悪いことではありません。事業会社の中で仮説をつくり、方向性を検討しやすくなることは、発注の質を高める可能性もあります。
一方で、制作物を増やしやすくなるほど、別の問題も見えてきます。
たとえば、AIで作ったSNSバナー、営業資料、LPなどが、それぞれ単体では悪くないとします。どれもそれなりに整っている。ぱっと見た印象も悪くない。
でも並べてみると、色も言葉も温度感も少しずつ違う。一つひとつは成立しているのに、ブランドとしては揃っていない。短期施策としては使えるのに、長期的な資産として残っていかない。
ここに、AI時代のデザインの難しさがあります。
制作物は増える。
でも、それがブランドの資産になるとは限らない。
品質が低いデザインや、その場しのぎのクリエイティブは、いくら量を増やしても企業の価値として蓄積されていきません。むしろ、接点ごとに印象がばらつき、ブランドの輪郭を曖昧にしてしまうこともあります。
AIによって作業は速くなります。
でも、何を良しとするのかを判断する力まで、自動的に高まるわけではありません。
ここで問われるのは、資産になるデザインを見極める力です。
その表現は、その企業らしい印象を残せているのか。時間が経ってもブランドの記憶として蓄積されていくのか。単発の制作物で終わらず、次の接点にもつながっていくのか。
そうした視点で品質を判断できるかどうかが、これからのデザイン会社の価値になっていくはずです。
ただし、資産になるデザインは、デザイナーの表現力だけで成立するものではありません。
どれだけ良いビジュアルがあっても、その価値が社内で理解されず、施策や顧客接点に展開されなければ、単発のアウトプットで終わってしまいます。逆に、事業戦略やマーケティングの言葉だけがあっても、それを人の感情を動かす表現へ落とし込めなければ、ブランドは成長しません。
ここで重要になるのが、デザインの価値を翻訳する力です。
なぜこの表現なのか。
どの顧客接点で効くのか。
どう積み重ねればブランドの資産になるのか。
そうしたことを言葉にし、事業会社の意思決定へつないでいく。プランナー、プロジェクトマネージャー、コピーライターといった役割が、これまで以上に意味を持つのはこのためです。
単に制作進行を管理したり、デザインを説明したりするだけではない。デザインの価値を、事業やブランド運用の中で機能させる。ここに、AI時代のデザイン会社の新しい評価軸があるのではないでしょうか。
この変化は、発注する事業会社にとっても重要です。
これまでのように「きれいなもの、かっこいいものを作ってほしい」という発注だけでは、十分な成果につながりにくくなっていきます。見た目の整ったアウトプット自体は、AIやテンプレートによって以前より手に入りやすくなっているからです。
もちろん、アウトプットの美しさや完成度は重要です。
ただ、それだけでデザイン会社を選ぶのは難しくなっていく。
見るべきなのは、その会社が自社のどの課題に対して価値を出せるのかです。強い印象をつくりたいのか、ブランドの軸を整理したいのか、顧客接点のばらつきを整えたいのか。目的によって、選ぶべきパートナーは変わります。
つまり、デザイン会社選びは、単に好みや実績で選ぶものではなくなってきています。
問うべきなのは、「何を作ってもらうか」だけではありません。
そのデザインによって、何を企業やブランドの資産として残したいのかです。
ここを見誤ると、発注先の選び方も、成果の見方もずれてしまいます。
安く、速く、整ったものをつくるだけなら、選択肢は今後さらに増えていくでしょう。しかし、ブランドの印象をどう蓄積し、企業価値としてどう育てていくのか。そこまで考えるなら、デザインは単なる制作費ではなく、企業価値を広げるための投資になります。
その場しのぎのクリエイティブは、消費されて終わります。
一方で、質の高いデザインは、ブランドの記憶として蓄積されていく。
デザイン会社に発注する事業会社は、これから「何を作るか」だけではなく、「何を資産化したいのか」を考える必要がある。
ここが大きな変化だと思います。
AIによって、デザイン会社の仕事は減るのか。
その問いに対して、単純に「減る」とも「減らない」とも言い切れません。減っていく仕事もあるはずです。これまで人が時間をかけていた初期案づくりや量産的な作業は、AIやツールによって効率化されていくでしょう。
一方で、価値が高まる仕事もあります。
ブランドの核を見つけること。生活者の気持ちを捉えること。企業の思想や事業の方向性を、表現へ変換すること。美しさだけでなく、意味のあるデザインとして統合すること。
これらは、AI時代により重要になります。
デザイン市場そのものは縮小していない。役割の重心を変えながら、広がっている。
過去の銘柄が消えたわけではありません。
組み入れ比率が変わったのです。
ただ作るだけのデザインは、同質化し、消費されて終わる。
これからも価値を持つのは、ブランドや企業の資産となり、事業の成長にも結びついていくデザインである。
AIを、脅威としてだけ見る必要はない。
少し視点を変えれば、デザイン会社の価値は、これからも広がっていくように見える。
デザイン市場は伸びている。
変わっているのは、主役銘柄だ。
植村 徹
PRODUCER / PLANNER
クリエイティブエージェンシーでCI/VI、ブランディング、TVCM、Web施策などを経験。デザインシンキングや編集思考を用いたワークショップやファシリテーションを得意とし、ライフスタイル商材のブランディングワークを行なっている。
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