「日本の」を意味するJapaneseと「北欧の」を意味するScandinavianを組み合わせた造語·ジャパンディ(Japandi)。これは、日本と北欧の美意識が融合したインテリアのことで、2018年頃からヨーロッパを中心にインターネット上で使われ始め、オランダのライラ・リートベルゲンによる著書などを通じて、その世界観が広がった。さらに、2020年の新型コロナウイルスによるロックダウンをきっかけに、家で過ごす時間や居住空間への関心が高まり、世界的な人気を獲得した。
たしかに流行りそうな組み合わせと思いつつも、気になるのが本物の日本ではなく、日本“風”が愛されていること。そういえば、ビジネスの現場では「本物すぎて売れない」「エッセンスだけの方が好まれる」という現象がある。外国人観光客を街で見かけることが日常となった今、改めてこの現象について考えてみたい。
世界的に人気が広がる日本食。とはいえ、料亭で振る舞われるような伝統的な日本料理が、そのまま海外で受け入れられているわけではない。むしろ、海外で生まれたものや、日本の食文化をアレンジした料理が人気を集めている。
すぐに浮かぶのは、江戸前寿司ではなく、マグロをアボカドに変えたカリフォルニアロールではないだろうか。海外事情にも精通するブランドディレクターによると、外国人にとって日本食はヘルシーというイメージが強く、1000cal前後のカツカレーですらヘルシーと捉えている人もめずらしくないという。それほど、日本食に対するイメージが先行し、実際の食文化への理解はまだ十分ではないのだ。
また、昆布や鰹節から丁寧にとった出汁は、外国の方にとっては味が薄く、生臭いと感じられることも。同じ旨味でも、醤油·みりん·砂糖·動物性のイノシン酸によって構成される甘辛く濃厚な照り焼きの方が歓迎されている。
海外で展開するラーメンチェーンも、現地の好みに合わせてスープの塩分や油分を大胆に調整しており、「現地の人が美味しいと感じる味」に翻訳している。悲しいけれど、本物を提供するのは、ただの押しつけであり、独りよがりでしかないのかもしれない。コミュニケーションの基本である相手に合わせること。つまり、相手の味覚にあわせて美味しさを届けることが大切なのだ。
日本の包丁は日本刀にも通じる鍛造技術や研ぎの文化を背景に、海外の料理人から世界一と評されることもめずらしくない(海外は鉄の甲冑だったため、切れ味よりも、折れないことを重視していた)。調理道具専門店が並ぶ「かっぱ橋道具街」に出店する とある包丁専門店は、多い日には300組以上の外国人観光客が包丁を購入し、そのうち9割が外国人。かっぱ橋道具街だけでも包丁専門店はコロナ前の3倍に増加し、生産が追いつかない商品が出たり、さらには自ら包丁職人になる外国人が現れたりするほど、日本の包丁は海外の人を魅了している。ところが、人気を集めているのは、必ずしもプロ仕様の鋼の和包丁ではない。一部、あるいは全体にステンレスを使用した包丁が人気だ。
鋼の包丁は切れ味が優れている一方、水分を拭き取らずに放置すると錆びやすく、定期的なメンテナンスも欠かせない。対してステンレス製の包丁は錆びにくく、日常的な手入れの負担が少ないという背景がある。
日本の職人が追求してきた切れ味や素材のよさは、もちろん大きな魅力だ。しかし、食洗機で洗ってそのままにしていても問題ないような、メンテナンスのしやすさが購入の決め手になっている。むしろ、すぐに拭かないと錆びたり、自分で研ぐ必要がある鋼の包丁は、こまめにメンテナンスする習慣がない(好まない)人にとっては大きな欠点(さらにいうと欠陥)のように感じられるのだ。
旅館においても見ておきたい。成功しているのはJapandiのように和の美意識を徹底しつつも、ベッドを置き、部屋への過剰な出入りを無くし、プライベートな温泉空間をつくるなど、西洋のホテルの快適さを融合されたタイプ。お茶、布団、食事など仲居さんが何度も部屋に出入りしたり、大浴場で他人の前で裸になる文化は、外国人にとってプライバシーがなくストレスに。敷布団によって、腰が痛くなる人もいるという。そのため、外国人観光客は“ベッドプライバシー”というワードをひとつの目印に、宿泊体験を選んでいる。
寿司や出汁の繊細な味わい、鋼の包丁の切れ味、布団や仲居さんによるおもてなし。それぞれに、日本ならではの魅力と長い歴史がある。
ただ、日本をカジュアルに楽しみたい外国人観光客にとっては、オーバースペックすぎるのかもしれない。参考になるのが、アウトドアブランドのシティユースだ。エベレスト登山や極地探検にも耐えうる本格的な機能を、すべて日常生活で必要とする人は多くない。一方で、アウトドアならではの機能美やテクノロジー感、洗練されたデザインには魅力を感じる。そこで、本格的な世界観やデザイン性は残しながら、日常で使いやすい機能や仕様に再編集することで、新たな市場を生み出している。つまり、本物が持つ魅力は欲しいけれど、本物を扱うための手間やリスクまでは引き受けたくない。そんなニーズに応えているのだ。
日本の伝統や技術を海外に届けるときも、同じことがいえるのではないだろうか。本質的な価値は残しながら、使う人にとって不要な機能や負担は削ぎ落とす。そして、気分が上がるような楽しさや、使ってみたくなる魅力を加える。そのためのリサーチとクリエイティブが必要なのだ。
さらに重要なのが、ローカライズ。もっといえば、「〇〇フレンドリー」という考え方だ。ペットフレンドリー、キッズフレンドリー、ユーザーフレンドリーなど、相手の立場や事情に寄り添い、受け入れやすい状態をつくること。文化や価値観、生活様式が異なる相手に対しても、自然に楽しんでもらえるように工夫することだ。
本物であることと、親しみやすいことは、決して相反するものではない。日本のよさを守るだけでなく、もっと多くの人に楽しんでもらうために、あえて本格的すぎない形にする。そんな「フレンドリーさ」こそ、これからの日本のブランドが世界に広がるためのヒントなのかもしれない。
山口 明希子
COPYWRITER
言葉を軸に、企業の広告やキャンペーン、新商品や新施設の立ち上げ、自治体の広報・コミュニケーションなど幅広い領域を経験。ネーミング、コンセプト開発、伴走支援などを通じて、クライアントとひと・まち・社会のよりよい関係を模索している。共生をテーマにした著書『みんなが心地いい社会って、なんだろう』を刊行予定。
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