ケンタッキーのバーレルを買うとき、私たちは何を求めているのだろう。
もちろん、フライドチキンが食べたいから。でも、それだけだろうか。
家族が集まる週末、友人とのホームパーティ、クリスマス。あの赤と白のバーレルが食卓に登場するだけで、気分が一気に上がる。
バーレルから好きなチキンを取り出し、手を油でギトギトにしながら豪快にかぶりつく。
骨の周りまで夢中で食べ、また次の一本に手を伸ばす。
少し無作法なくらい豪快に食べる。それもバーレルの楽しみ方だ。
でも、ちょっと想像してほしい。
あなたは、誰とならケンタッキーのバーレルを囲めるだろうか。
バーレルを手にしたときのずっしりとした重さは、思いきり食べたいという欲望を刺激する。
しかし、その欲望をどこまで解放できるかは、一緒にいる相手との関係性にも左右される。
家族や友人という属性だけでは決まらない。長年の知り合いでも気を遣う相手はいるし、出会って間もなくても自然体でいられる相手はいる。
同じチキンでも、相手によって骨に残る肉の量が変わる。
「骨の周りまで食べ尽くしたい。でも、そこまでしゃぶりついていいものか。」
相手によって、チキンとの駆け引きも変わってくる。

マーケティングには「カテゴリーエントリーポイント(CEP)」※1という概念がある。
人が商品カテゴリーを思い浮かべ、ブランドを想起するきっかけとなる状況や欲求のことだ。
その切り口のひとつに「誰と」がある。家族と、友人と、仕事仲間と。
ただ、同じ「友人」でも、気を遣う相手もいれば、自然体でいられる相手もいる。
属性で止めてしまうと、バーレルが最も輝く瞬間は見えてこない。
「誰と」を、「どんな距離感の相手と」まで掘り下げてみる。
そこに、バーレルの魅力が最大限に発揮されるシチュエーションがある。
人との距離感は、商品の体験価値を左右する見えない変数なのである。
その商品やサービスが最も魅力的に感じられるシチュエーションを想像することで、コアバリューを抽出する。
この考え方を、筆者は「ケンタッキーバーレル理論」※2と呼んでいる。
バーレルの場合、それは「骨までしゃぶれる相手と囲む時間」だった。
そこから見えるコアバリューは、チキンのおいしさだけではなく、欲望を剥き出しにして分かち合える幸福感だ。
ジョブ理論※3が、顧客が片付けたい用事から価値を探るのに対し、この理論は最も魅力的な瞬間から価値を掘り起こす。
ブランディングの現場では、商品の特長や機能から考えるほうが進めやすい。
だからこそ、最高の瞬間を具体的に描き切る作業は、意外と後回しにされがちだ。
マーケティングには、さまざまなフレームワークがある。けれど、分析を重ねるほど、何が大事なのかが見えなくなることもある。
そんな分析迷子になったとき、筆者はこの理論に立ち返り、物事をシンプルに考えるようにしている。
これはフライドチキンに限らない。
ジュエリーなら、頑張った自分をねぎらうために買った指輪を、帰り道に何度も眺めるとき。
フレグランスなら、すれ違いざまに、少し気になっている人から「いい香り」と言われたとき。
どの商品にも、その価値がいちばん輝くシチュエーションがある。
考えるときの問いは、3つだけ。
・この商品が最も魅力的に感じられるのは、どんなシチュエーションか
・その瞬間、人は何に喜んでいるのか
・それを一言にすると何か
日常の何気ない共感の中にこそ、商品の魅力を最大限に引き出すヒントがある。
バーレルいっぱいに詰まっているのは、フライドチキンだけではない。
骨までしゃぶれる相手がいる。その幸福感も詰まっている。
※1カテゴリーエントリーポイント(CEP):
人が商品カテゴリーを思い浮かべるきっかけとなる状況や欲求を指す、エーレンバーグ・バス研究所のジェニー・ロマニウクが提唱した考え方。
※2ケンタッキーバーレル理論:
商品やサービスが最も魅力的に感じられるシチュエーションを想像することで、コアバリューを抽出する、ダイナマイトブラザーズシンジケートの植村徹が提唱した考え方。
※3ジョブ理論:
顧客は商品そのものではなく、片付けたい用事(ジョブ)のために商品を「雇う」とする、クレイトン・クリステンセンが提唱した考え方。