LTVとはLife Time Value(ライフ・タイム・バリュー)の略。
顧客生涯価値とも訳され、顧客が商品やサービスを最初に利用してから終了するまでの間に、企業がその顧客から得る収益の推計を意味します。人口減少で新規顧客開拓が困難になってきたことから、既存顧客との関係性が見直され、LTV向上が重視されるようになりました。
LTVの代表的な計算方法は次の通りです。
LTV = 平均顧客単価 × 収益率 × 購買頻度 × 継続期間
LTVを向上させるにはどうすればよいでしょうか?筆者が注目したのは「購買頻度」と「継続期間」です。
「購買頻度」とは、顧客が期間内に商品を購買したり、サービスを利用したりする回数。言い換えれば、次に商品を購買するまで、次にサービスを利用するまでの期間。短ければ短いほどLTVは向上します。
「継続期間」とは、顧客が商品の購買、サービスの利用を持続する年月。長ければ長いほどLTVは向上します。
期間と年月。LTVを構成する4つの要素の半分を、「時間」が占めていることがわかります。
昨今、タイパという言葉が蔓延し、企業は消費者の可処分時間を獲得するため策を講じています。
前置きが長くなりましたが、今回は、顧客と時間を共にするヒントや、LTV向上の真髄を、数百年前に活躍した発明家から学びます。
2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう 〜蔦重栄華乃夢噺〜」にも登場する平賀源内。
うなぎのエピソードが広く知られていますが、改めてご紹介しましょう。
時は江戸時代中期。学者の平賀源内は、うなぎ屋の主人からこんな相談をされました。
「うなぎは冬が旬で、夏は売れない。どうにか夏に売る方法はないか」
日本には昔から、夏の土用の時期(立秋の直前の約18日間)は夏バテしやすく、丑の日に、梅干し、瓜、うどんなど「う」がつくものを食べる風習がありました。そこで源内が「本日 土用丑の日」という看板を出させたところ、うなぎ屋は大繁盛。ほかのうなぎ屋も真似し、夏の風習になったといわれています。
先述の計算方法に当てはめると、夏限定のため購買頻度こそ少ないですが、生涯にわたって毎年継続して食べる顧客がいるため継続期間は長く、この〝土用丑の日キャンペーン〟は今なお全国のうなぎ屋のLTVに大きく貢献しているといえるでしょう。
平賀源内といえば、静電気発生装置のエレキテルも有名です。エレキテルを完成させた約70年後の米国で、のちの発明王が産声をあげました。トーマス・エジソンです。
電灯、掃除機、扇風機、火災報知器、電気ミシン、アイロン、トースター、ガムテープ、コーヒーメーカー、電気自動車、発電施設など1,093の特許を取った、言わずと知れた発明王エジソン。
今では当たり前となった「1日3食」のきっかけを作ったことでも知られています。
1910年、トースターを売り出したエジソン。その新商品を売り出すため、またトースター使用による電力需要も高めるため、当時は1日2食が一般的だったところ1日3食という食習慣を提唱。トーストを食べる朝食文化を根づかせたのでした。
先述の計算方法に当てはめると、トースターは何度も買うものではないため、購買頻度・継続期間が上がることはありません。しかし、朝食文化が一度根づけば、トースターの使用期間は長く、愛着も生まれ、その後の修理や新商品購買も見込めます。
トースター以上に恩恵を受けたのはパン業界でしょう。購買頻度が高く、継続期間も長いため、LTVは、エジソン以前・以後で劇的に変化したはずです。
源内とエジソン。両者に共通しているのは、商品を売る前に習慣を広めたこと。
商品を使うことが習慣化する、ではなく、新しい習慣のためには商品を購入する必要があるという順序です。
これは何も、源内やエジソンのような天才に限った話ではありません。現代の日本でも新習慣ファーストのケースは見受けられます。
たとえば、初詣。明治時代に現在の川崎駅周辺から川崎大師(平間寺)への参拝客を運ぶため開業した京急が、集客のため正月三が日の参拝を呼びかけたのが発祥といわれています。初詣という新習慣→鉄道サービスの順です。
たとえば、恵方巻き。昭和7年に大阪鮓商組合が寿司の販促としてチラシを配布したのが発祥といわれています。その後コンビニでも販売され、全国的に普及しました。恵方巻きという新習慣→寿司という商品の順です。
ほかに、バレンタインはモロゾフから、3時のおやつは文明堂から広まりました。日本ではクリスマスやハロウィンなど海外がルーツの習慣が話題ですが、それらも、クリスマス商戦、ハロウィン商戦のために企業が習慣の浸透を推し進めたといっても過言ではありません。
では、いったいどんな新習慣が社会に浸透しやすいのでしょうか。
その条件を考えるために挙げる例が、お月見です。
今や、昔ながらの流儀でお月見を楽しんでいる人はおそらく少数派でしょう。しかし、秋に月見バーガーを食べるその一瞬、月に想いを馳せ、帰り道に夜空をふと見上げる人は少なくないはずです。それは、いわば忙しい現代版のお月見スタイルともいえます。
新習慣の条件(1) 簡単にできる
日本マクドナルドが1991年に発売して以来、各社も追随した月見バーガー。
本格的なお月見は準備や後片付けが大変でも、月見バーガーなら簡単に「擬似お月見体験」ができ、日本の伝統に関わっている感覚も味わえます。
ちなみに、これは既存の月見そばから発想した点で、既存の風習をもとにした源内のうなぎや、既存の信仰をもとにした初詣や恵方巻きと同類といえます。
新習慣の条件(2) 再現できる
数百年に一度の天体ショーは人生で一度きりですが、お月見は年中行事で毎年再現できます。ただハンバーガーを購入するだけだから簡単にでき、簡単だからこそ恒例になります。
そして、再現したい気分にさせるために最も重要なのが、小さな喜びだと考えます。
新習慣の条件(3) 小さな喜びを得られる
一般的には「きっかけ、ルーティン、報酬」が習慣化の要素といわれていますが、その報酬に該当します。
ただし、小さな喜びです。もし大きな喜びを得て、それで100%大満足したら、きっとリピートしようとは思わず、習慣にはなりにくいでしょう。(そもそも、大きな喜びを得る方法は簡単でなく再現性も低くなりやすい)
コップに水を満たし、こぼれそうになったら、人はそれ以上注ぐことをやめます。一方、まだわずかに注ぐ余地があったり、足りなかったりしたら、人は再び注ぐでしょう。そのくり返しが習慣になります。
だから、毎日の生活に少しだけハリが出たり、心にうるおいが生まれたりする程度。
うなぎを食べるのも、1日3食にして朝食をとるのも、食費がかかるとはいえ、食べること自体は簡単にでき、毎年、毎朝くり返すことができ、ちょっと元気になれるという条件を満たしています。源内もエジソンも発明王でありながら、かなりの商売上手であったことも知られています。もしかすると、こうした新習慣による手法を意識していたかもしれません。
新習慣をまず〝発明〟することが、目の前の商品やサービスにとって一見、遠回りのようでも、じつはLTV向上の近道なる。そんな可能性を、発明王たちの歴史は示してくれます。
This is New Perspective
LTV向上の真髄は、時間を制すること。時間とは新習慣。新習慣の設計・浸透が、LTV向上の近道かもしれない。
出典:三菱UFJリサーチ&コンサルティング、バンダイミュージアムHP、「宣伝会議」2024年7月号、NHK「歴史探偵」、「偉人の収入How much?」、「映像の世紀バタフライエフェクト」、学研「教科書人物事典」、西東社「マンガ世界の偉人伝」、ポプラ社「この人を見よ!歴史をつくった人びと伝エジソン」、玉川大学出版部「エジソンと電灯」
石塚 勢二
COPYWRITER
広告制作会社で多くの企業の広告、プロモーションに携わった後、入社。コピーライティングに限らず大局的な視点に立ち、ブランドのコンセプト開発からコミュニケーション戦略の立案、動画・音声コンテンツの企画・シナリオ設計まで行う。