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意見が活発にでる会議、自分らしく過ごせる場、ちょっと息苦しく感じる空間など。その場の空気によって、気持ちや振る舞いが変わることはありませんか。その人らしく過ごせる場所は、一体何が違うのか。そのヒントを求めて、場のデザインについて考えるシリーズをスタートします。タイトルにある”デザイン”は、見た目のデザインだけでなく仕組みや文化までを含んでいます。
今回ご紹介するのは、ヘルシンキ中央図書館「Oodi(オーディ)」。フィンランド独立100周年(2017年)を祝う国家プロジェクトのひとつとして生まれ、「国から国民への独立100周年の贈りもの」と謳われています。国民参加型で理想の図書館を設計したというプロジェクトの経緯もあり、図書館の常識を大きくアップデート。その評判を受け、世界中から多くの人が訪れています。
この図書館、なんと3階建ての館内は最上階に着くまでほとんど本を見ることがありません。1階ではチェスに勤しむ人(しかもその場であった知らない人と!)、車椅子でスイスイ移動する人など、2階では、フライドポテトを持参してゴロゴロしている若者、3Dプリンターに熱中する人、渋谷のファーストフード店のようにワイワイと会話する若者たちなど、日本の図書館ではあまり見られない光景が広がっていました。そこにいる人たちの自由さは、図書館は自分たちの所有物であり、自宅のリビングのように過ごすことは当然の権利だという想いを体現しているようでした。
なぜこんなに、自由な空気が漂っているのか。そこには、建物の設計はもちろんですが、リーダーのおおらかな言葉にあるのではと思います。


2人のリーダーが発した国民の権利としあわせを願う言葉、国と国民の未来に期待する言葉に感動すら覚えます。
もうひとつ、見逃せないのが1〜3階をつなぐ螺旋階段。「図書館は、誰に捧げられるべきか?」という問いに対する市民の答えが、フィンランド語で示されています。たとえば、「知りたがりの人に」「孤独な人に」「移民の人に」「怠けることが好きな人に」…。常識的な答えだけではなく、ユニークな答えまでフラットに並んでいました。「国から国民への独立100周年の贈りもの」という考え方をより市民に引きつけて考えやすくした問いもそうですが、自由な答えを許容するムードを設計した方には脱帽です。
とにかく、使っている言葉が自由でポジティブ。そして、市長、副市長が市民を想う気持ちをしっかりと言葉で伝えている点、図書館はこうあるべきと制限しておらず自由な点にとても魅力を感じました。
場をつくるというと、私たちはつい家具や照明、内装といった目に見えるものに注目しがちです。けれどOodiを訪れて感じたのは、場の空気を決めるのは、まず”どんな言葉でそこを定義するか”。「知識はすべての人のためにある」「自己実現の可能性にアクセスできる場所」 「孤独な人にも、怠けることが好きな人にも開かれた図書館」そんな言葉が先にあるからこそ、人は安心して自分らしく振る舞えるのではないでしょうか。新しいプロジェクト、コミュニティなど、あらゆる場には必ずはじまりがあり、そこで発せられる言葉がその後の空気を少しずつ形成していきます。
誰のための場所なのか。どんな過ごし方を歓迎するのか。何を許し、何を大切にするのか。それを言葉にすることが、場のデザインの最初の一手なのだと思います。
最後に。私がDBSに入社した際に、初対面のアートディレクターが「入社するのを楽しみにしてました!」と明るく声をかけてくれました。その一言で、とても心が緩んだという個人的な話も添えておきます。
Editor’s Postscript / フィンランド、独立への想い
スウェーデンとロシアに挟まれたフィンランドは、かつて両国の支配下に置かれた歴史を持ちます。ロシア統治下ではフィンランド語の出版が禁じられ、シベリウスの交響曲「フィンランディア」の演奏すら禁止されたことも。自分たちのオリジナリティを守ることへの想いは、現在でも街のいたるところに残る銅像からも伝わってきました。Oodiが単なる図書館ではなく、国民の誇りと自由の象徴として設計されているのは、そういう背景があってこそなのかもしれません。




山口 明希子
COPYWRITER
言葉を軸に、企業の広告やキャンペーン、新商品や新施設の立ち上げ、自治体の広報・コミュニケーションなど幅広い領域を経験。ネーミング、コンセプト開発、伴走支援などを通じて、クライアントとひと・まち・社会のよりよい関係を模索している。共生をテーマにした著書『みんなが心地いい社会って、なんだろう』を刊行予定。
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